民主主義の問題点とは?
この記事よかった。欲しい要点だけに思いっきり短くして紹介。全文は先方へ飛んで読んで下さい。4703文字
民主主義とは民衆による政治のこと
ところで民主主義には直接民主制と間接民主制があります。
以下、詳しく解説します。
直接民主制
民主制の始まりは古代ギリシャです。
みんなが直接民主制として政治に参加します。
そのときに役職を決めます。
役職はくじ引きで決めていました。
古代ギリシャではくじ引きで役員を選んでいました。
逆にくじ引きでなく選ぶということは
『人には能力の差がある』ということを認めることになります。
そうすると純粋な『平等』ではなくなってくるということですね。
間接民主制
市民が選挙によって代表者を選びます。
代表者=政治家です。
政治家が議会に参加します。
これが間接民主制です。
間接民主制だと市民は直接議会に行きません。
この記事を読んでいるあなたが国会に行って
議論をしませんよね。
私たちが選挙で政治家を選び、
選ばれた政治家が私たちの代わりに物事を決定します。
これが間接民主制です。
近代民主主義では選挙をするといったときに制限選挙でした。
誰でも選挙権を持っていたわけでなく、
一定の税金を納めた人だけが選挙に参加できることを制限選挙といいます。
制限選挙に関わっていた人を市民といいます。
『市民は財産と教養があって理性的な人ということになっていました。』
そういう人たちが政治をやっていたわけですね。
そのあと現代になり、大衆民主主義になりました。
普通選挙の成立によって大衆民主主義は生まれました。
納税額に関係なく、
法律で定める年齢に達したら選挙権を持てるのが普通選挙です。
だから働いてなくても
法律で定める年齢に達したら選挙に参加することができます。
無職で税金を納めてなくても1票ですし、
毎年高額の税金を納めている人も1票です。
政治に興味がある人も、何も知らない人も、
投票の価値は平等です。
これが大衆民主主義です。
そこで出てきたのは大衆になります。
大衆は政治学的には非合理的な人たちだとされています。
ではここからが本題です。
大衆民主主義の問題点について解説します。
大衆民主主義の問題点
民主主義で問題になるのは大衆民主主義です。
どうして問題になってくるのでしょう?
民主主義の基本は民衆による政治ですが、
その人たちが非合理的だというところです。
非合理的とは判断力がないという意味に置き換えてください。
判断力がない人が国の重要な政策決定に関わるというのは
どういうことか?ということです。
政治以外の分野で考えてみましょうか。
たとえば私は獣医師です。
⇒当ブログ管理人のプロフィールはこちら
獣医師になるには6年間、専門の大学に行って
獣医師国家試験に合格しないとなれません。
逆に専門の大学に行かないし、獣医師国家試験に合格していない獣医師はいません。
素人の獣医師はいないってことです。
あるいは建築士。
建築士の国家試験に合格して資格を持っている人が設計します。
弁護士だってそうですよね。
司法試験に合格して司法修習所で2回試験を受けて合格した人だけが
弁護士として活躍しているわけです。
なのに政治家はどうでしょう?
政治だってかなり重要です。
なのにどうして大衆民主主義では素人に政治を任せているのか?
という問題が起こるわけです。
たとえば、今の財政状況がわからない人が政治に関わっていたらどうでしょう?
これはちょっと直球すぎましたね。
⭕️ワシも自身の仕事の会議で多数決、民主主義は駄目と言うことに気づいた・・・・
こんな感じで素人が政治に参加するのはどうなの?
ってのが大衆民主主義の問題点になるわけですね。
なので、まったく日本の経済状況がわからない、
どうしたら経済が良くなるか、想像もできないみたいな人が
政治に関わって1票を持っているというのはかなり末恐ろしいと感じる人もいるわけです。
こんな感じで大衆民主主義には問題点があるため、
大衆民主主義を批判する人たちが出てきます。
大衆民主主義を批判した人(1)トクヴィル
トクヴィルは大衆民主主義の問題点として『平等化への圧力』ということを主張しました。
平等化への圧力とはみんな同じにしようよというような圧力のことです。
令和4年現在でよく聞かれる『同調圧力』と似たような意味合いです
「嫌われる勇気」ってタイトルそのまんま、同調圧力やまわりに合わせてばかりいる人生やめたい、がウケたのかな。これはニーチェやオルテガやミル先生とかがはるか百年前からいってたことなんだけど。同調圧力クソくらえは、ニーチェ先生がいっていたし、トクヴィルはそれは民主政治のせいだといった。
— うえしん (@ueshinzz) June 25, 2020
つまりトクヴィルは「みんな同じにしようよ」という圧力が働くと主張したわけですね。
それからトクヴィルは「なんでも多数決で決めればいい」みたいな話になりやすいと主張しました。

多数派の意見が必ずしも正しいとはいえないのにも関わらず、
多数派の意見を押し付けられてしまうような状況は
よくないのではないか?とトクヴィルは考えました。
これを『多数者の専制』といいます。
基本的にトクヴィルや後で解説するオルテガは
多数者と少数者で優れているのはどちらか?というと、
優れている人間が多数いるということは歴史的にあり得ないと考えます。

優れている=多数より優れている
ということで優れている人間は常に少数なわけです。
ということは多数の意見をそのままごり押しするような状況はよくないとトクヴィルやオルテガは考えました。
大衆民主主義を批判した人(2)オルテガ
オルテガは『大衆の反逆』という本を1930年代に書きました。
オルテガから言わせると大衆とはどんなものか?というと
『大衆の反逆』の中で『満足しきったお坊ちゃん』といっています。
満足しきったお坊ちゃんとは向上心がないという意味と同じです。
他にもオルテガは『凡庸である(平凡ということ)』ことで権利主張すると言って批判しました。
どういうことかというと、「普通っていいことでしょ!」ってごり押ししてくることを
オルテガは批判したってことです。
自己満足の状態ともいえますね。
こういうのが大衆だということです。
つまり、平凡な人間であるということを権利主張するってことです。
「何が悪いんだ!?」と居直っている状態です。
つまり場違いな場に出てきているようなものです。
たとえば政治についてよくわからないのに登場してきて
「政治というのは・・・」みたいに騒ぎまくっているような感じと同じです。
そういう人たちが増えてきたとオルテガは
批判したわけですね。
こういう自己満足している大衆が政治に関わり始めたとオルテガは批判しました。
これが大衆民主主義の問題点だとオルテガは感じているわけですね。
大衆民主主義の問題点まとめ
ここまで解説した大衆民主主義の問題点を知ると
民主主義のあり方、捉え方が変わってくると思います。
制限選挙だと一定の財産と教養がある人が
政治に関わっていましたが、今は違っています。
誰でも政治に関われるようになったということは玉石混交になったということです。
いいものもあるけど、悪いものも多いということです。
政治学的にいうと、ものがわかってない人が権力を握り始めたと考えます。
(あくまで政治学の話ですよ)
いろんな大きい問題が政治的にはあるものの、
そういうことがわからずに選挙に行っているということは相当危険なことだと政治学では考えます。
そうなると民主主義のあり方を変えようという動きが出てきます。
現代民主主義論といいます。
今後の記事で解説したいと思います。
シュンペーターの民主主義観についてわかりやすく解説
シュンペーターの民主主義とエリート主義の両立について
この記事を読んでいる方の中には
「どうして選挙をするんだろう・・・」
って疑問に思っている方もいるかもしれません。
とはいえ、昔はもっと選挙について疑問に感じている人も多かったようです。
となると、民主主義のあり方を変えようと思うでしょう。
このことを現代民主主義論といいます。
シュンペーターさんですが、
古典的民主主義批判をしていました。
みんなが政治参加して物事を決定していくのはよくないのではないか、と考えていました。
そもそもどうしてそんな現代だったら批判されそうなことを言ったのでしょう?
世論なんてものは存在しないとシュンペーターさんは考えていたのです。
どうして世論は存在しないのでしょう?
世論なんてものは政治家がマスメディアを利用して作ったものだとシュンペーターさんは考えました。
つまり、シュンペーターさんから言わせると
「世論は民衆の意見ではなくて政治家が作ったものだから
世論なんてものは存在しない」ということです(笑)。
もう少しかみ砕くと、
世論なんてものは情報操作されて出来上がったものだと
シュンペーターさんは考えたのです。
そして「有権者(大衆のこと)は重要な政治問題に対する判断能力がない」
とシュンペーターさんは主張しています。
確かに自分の身の周りのことだったら大衆は考えられるかもしれません。
例えば、トイレがぶっこわれていて用を足しても水が流れないなら
水道屋さんを呼ぶとか。
真冬で寒いならストーブをつけるために灯油を買うとか。
でも、緊縮財政がよいか、積極財政がいいか?みたいな
大きな大きな経済政策とか、アフリカに4兆円支援するみたいな国際情勢とか
そんなことを有権者(大衆)が判断できるわけがないとシュンペーターさんは考えたのです。
まぁそれも一理あるかなって個人的には感じています。
この記事を書いている私もアフリカに4兆円支援がどうとか
正確に判断できませんからね。
4兆円あげるわけでは全くなくて、政府の円借款(利子ついて帰ってくる)の枠とか、貿易保険の枠とか、民間がこれだけ投資するよう促すという話で、はっきりいって大部分は実施されないだろう。無駄遣いどころか「結局使えない」ことが問題。アフリカに行って投資して儲けられる企業が日本に少ない。 https://t.co/ywAl0kYxNZ
— Satoshi Ikeuchi 池内恵 (@chutoislam) August 28, 2022
あ、ワシは分かる。こいつはOUT、プロパガンダ学者。こいつの話は詭弁だから誰もわからない。コメント欄は同意係りと素直な良い子(馬鹿)の集まり。

だから・・・、
世論なんてものは政治家がマスメディアを利用して作ったもの。
「世論は民衆の意見ではなくて政治家が作ったものだから
世論なんてものは存在しない」(笑)。
もう少しかみ砕くと、
世論なんてものは情報操作されて出来上がったものだ。
だから、
みんなが政治参加して物事を決定していくのはよくない。
「有権者(大衆のこと)は重要な政治問題に対する判断能力がない」

現代は民主主義について疑問に感じている人は少ないようです。(^_^;)
おわり
大衆民主主義を批判した人トクヴィル
アレクシ=シャルル=アンリ・クレレル・ド・トクヴィル(1805年7月29日 - 1859年4月16日)は、保守主義者でもある。
プロフィール
パリ出身。生家はノルマンディー地方の貴族で軍人・大地主という由緒ある家柄で、フランス革命の際に親戚が多数処刑されたことから、リベラル思想(自由主義)について研究を行うようになった。1851年、ルイ=ナポレオン(後のナポレオン3世)による政治クーデターに巻き込まれて逮捕され、政界を退くことになる。
思想・哲学
トクヴィルは自身の著書『アメリカのデモクラシー』の『第1巻』の中で、当時のアメリカは近代社会の最先端を突き進んでいると見なし、新時代の先駆的役割を担うことになるであろうと述べている。だが『第2巻』では、その先には経済と世論の腐敗した混乱の時代が待ち受けているとも予言している。さらに民主政治とは「多数派(の世論)による専制政治」だと断じ、その多数派世論を構築するのは新聞、今で言うところのマスコミではないかと考えた。現代のメディアの台頭と民主主義政治との密接な関わり合いをいち早く予想していたのである。彼は大衆世論の腐敗・混乱に伴う社会の混乱を解決するには宗教者や学識者、長老政治家などいわゆる「知識人」の存在が重要であると考えており、民主政治は大衆の教養水準や生活水準に大きく左右されることを改めて述べている。
宗教者や学識者、長老政治家などいわゆる「知識人」➡ワシ:プロパガンダ詐欺師にとっくに変えてあるんだけどね!😅
おわり
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