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DQ11考察vol.3:真エンディングが描いたシリーズ全体の構造について



【ネタバレあり】この記事は、DQ11の真エンディングとHD-2D版DQ3の核心に触れる考察です。未プレイ・プレイ中の方は閲覧にご注意ください。

本考察は、ゲーム内描写・シリーズ作品との共通点・オマージュやモチーフを手掛かりに、ドラゴンクエストシリーズを一つの物語として読み解くことを目的としています。
また、人物や場所だけでなく、物語の中で果たす「役割」の共通点や、プレイヤー視点も重要な要素として考察しています。
本記事は、公式設定を断定するものではなく、私個人の解釈に基づいた考察です。


タイトル:

前置き

1. 【DQ11考察】セニカの時渡りの軌跡2nd 〜二人はいつか会える〜

2. 【DQ11考察】竜の女王様の卵と聖龍の闇落ち:DQ1へと至る世界の収束

3. 【DQ11考察】ドラゴンクエストの在処 〜馴染んで一つに収束する物語〜


前置き:
今回、DQ11の真エンディングの描写が何を意味しているのか?私の考察した方法を用いて紐解きたいと思います。
メタ的な要素を切り口に物語の関係を考察したいと思います。


1. 【DQ11考察】セニカの時渡りの軌跡2nd 〜二人はいつか会える〜

セニカが時のオーブを破壊した瞬間、セニカの時は巻き戻り、セニカはローシュと再会します。
前回の「DQ11考察vol.1」にて時渡りしたセニカとイレブンの時間軸は同じと考察しています。邪神はすでにイレブンたちによって倒されている歴史へと収束します。
イレブンがウルノーガを倒し、歴史を元の歴史へと修復したおかげで、ローシュが生きているという歴史に修復されたと推察します。
つまり、同じ時間軸上で「邪神は倒された」事実と「ローシュが生きている」事実が両立する形に時が馴染んで、一つに収束したと解釈してます。

ローシュは聖龍が真エンディングで言われた通り邪神を倒せなかった。しかし、歴史が収束した結果、邪神はすでにイレブンたちによって討伐された世界でセニカと再会しました。

しかし真エンディングでセニカと再会した後、世界はアリアハンのある世界になり、DQ3の冒頭シーンになります。
確かにDQ3の勇者はローシュと似ています。ローシュの子孫と思っても良いと思います。

ここは特に私の願望になり、根拠はありませんが可能性もある解釈になります。
私は、ローシュとセニカの子供がDQ3の勇者だったとしても不思議ではないと思えるのです。
DQ11の中でのローシュの立ち位置はイレブンたちの冒険の案内役として描写されています。そして、ローシュは最後、邪神を倒す手前でウラノスに裏切られ邪神討伐は叶わず命を落とします。
その様はDQ3のオルテガのオマージュだと私は思っています。
オルテガも、DQ3の勇者の冒険の案内役の役割と、最後に勇者の目の前で戦い亡くなります。
ローシュがオルテガとなりアリアハンから旅立ったとすれば、それはDQ3の物語の中でローシュの役割が果たせたと思えるのです。


2. 【DQ11考察】竜の女王様の卵と聖龍の闇落ち:DQ1へと至る世界の収束

真エンディングの復活の呪文でDQ1が無料DLで遊べたと思います。
つまり「DQ11→DQ1」と続きます。
これはまだDQ3が発売されていない時のDQ1なのかもしれません。

DQ1の勇者は、イレブンの血を引き何世代か先の子孫だと思っています。
なので、聖龍が「闇に堕ちることもあるでしょう。その時はその剣を手に」と言ったそばから、次のシーンでは、DQ1の勇者がロトの剣を手にする『その時』の姿、つまり聖龍が闇に堕ちた未来に起こりうる場面へと繋がるのです。

DQ1のシーンがDQ3の冒頭より先に描写されたのは、「過ぎ去りし時を求めて」というタイトルの回収としてDQ1から物語が始まることを最初に提示するためだったと思われます。

その後にセニカとローシュの再会を挟み、DQ3の冒頭シーンの赤い本が、DQ11からDQ3へと繋がっていくことを示しています。
今回のDQ1.2リメイクよりDQ3リメイクが先駆けて発売されたことは、この流れを象徴しているように感じます。

物語としては、DQ1の前にDQ3があり、真エンディングからDQ3の物語が始まります。
ここからはHD-2D版DQ3も含めた考察をしたいと思います。

HD-2D版DQ3では竜の女王様の卵がハーゴンの思惑によって闇の世界へ持ち込まれ、やがて竜王が誕生する経緯が描かれました。
私はこの描写を、DQ11で聖龍が語った「闇に堕ちることもあるでしょう」という言葉と重ねて考えています。

もし聖龍と竜の女王が同じ存在、あるいは対応する存在だと考えるなら、この新たな描写は、DQ11で示唆された「聖龍の闇堕ち」が、DQ3からDQ1へ続く歴史の中で「竜王誕生」という物語として描かれたものと解釈することもできます。
私は、歴史や世界はやがて馴染み、一つに収束すると考えています。
これまで物語の外で語られてきた竜王誕生の逸話が、歴史が馴染み収束したことで、HD-2D版DQ3では物語の中の出来事として描かれるようになった。

私は、この竜王誕生の物語と、DQ11の真エンディングで示唆された「聖龍が闇に堕ちる」という歴史が、やがて馴染み、一つに収束してDQ1の物語へと続いていくのだと考えています。

そして、DQ3の勇者、プレイヤーは再構築されたアレフガルドに現れ魔王を倒しロトの称号を得ます。
この時、現実のプレイヤーの視点でも、今まで、DQ1の勇者「ロトの血を引きし者」の認識が、DQ3のエンディングを経てDQ11から続くDQ1の歴史と世界が馴染み、一つに収束して、DQ1の勇者は「DQ3の勇者ロトの血を引いた者」となり、ラダトームの王様の話しを聞くところから物語が始まるのです。
これが私の解釈です。


3. 【DQ11考察】ドラゴンクエストの在処 〜馴染んで一つに収束する物語〜

物語としてDQ11から続くDQ1は、DQ3の物語が生まれたことにより、歴史も世界も馴染み一つに収束していきます。それはプレイヤーから見た物語としても一つに馴染み収束しているのです。

このDQ11の真エンディングは、ドラゴンクエストの物語が再び始まる瞬間を描いていると私は考えています。

そして、その中でロトゼタシアからアレフガルド、さらにアリアハンのある世界へと世界が再構築されていく様子を示しているのではないでしょうか。

聖龍が命の大樹へと生まれ変わる描写は、ロトゼタシアそのものが新たな世界へ再構築される瞬間を表しているように私には感じられます。
まさに、ドラゴンクエストの世界の誕生する瞬間を見せてくれているエンディングだと私は解釈します。

私は、この真エンディングは単にDQ3へ繋がることを示したものではなく、ドラゴンクエストというシリーズ全体の歴史や世界が、新たな物語を生みながらも『馴染み、一つに収束していく』という構造そのものを描いたエンディングだったのではないかと考えています。

今回の考察は、あくまでわたし個人の解釈になります。
皆さんの疑問や見解、考察がありましたらリプライでお待ちしております。
ここまで、私の拙い考察にお付き合いいただき心からの感謝を致します。

以上、ロトゼタシアを巡る考察でした。


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DQ11考察vol.2:緑の本についての考察

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DQ11考察vol.4:聖龍の闇落ちから繋がる竜王誕生までの物語

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