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真理の生産と病院という空間

The Production of Truth and the Space of the Hospital

池田光穂


☆真理の生産と病院という空間

医学、精神医学、刑事司法、犯罪学。これらは 長い間、認識という規範における真理の表 明の果てにあり、試練という形における真理の生産の果てにあった。今日でも大部分におい てそうである。試練という形での真理の生産は、認識という規範における真理の表明の下に 隠れ、それによって正当化される傾向にあった。これらの「分野(デイシプリン)」が今日見舞われてい る危機は、その限界や不明確さを認識の領域において問いに付すのみならず、認識を、認識 という形式を、「主体ー対象」という規範を問いに付す。この危機は、我々の時代の経済 的・政治的構造と認識との関係を問いただす(認識の内容の真偽においてではなく、知とし ての権力の諸機能においてこの関係を問いただす)。したがってこの危機は、歴史的・政治 的な危機である
(フーコー 2006:139)
まず医学の例を、これに付帯した空間、すなわち病院とともに見てみよ う。かなり遅くま で、病院は曖昧な場のままだった。そこは、隠れた真理のための認証の場でもあり、生産す べき真理のための試練の場でもあった。
(フーコー 2006:140)
疾病に対する直接的な行動。それは、疾病の真理が医師の目に明らかにな るのを可能にす ることであるが、のみならず、疾病の真理を生産するということでもあった。病院とは、真 の疾病の孵化の場であった。事実、自由な状態に放置された病人——病人の「環境」に、家 族のうちに、近親者のうちに置かれ、本人の食生活、習慣、先入見、幻想をそのままにして 放置された病人——は複合的な疾病、縫れ錯綜した疾病にしか罹患していないと想定されて いた。そうした疾病は一種の、本性に反した疾病であり、複数の疾病の混合であると同時に、 真の疾病がその本性の真正性をもって生産されるのを妨げるものであるとされていた。した がって病院の役割とは、こうした寄生的な植生や甜ばれた形態を遠ざけることで疾病をあるが ままの姿で見られるものとすることであり、のみならず、それまで囲い込まれ枷をはめられ ていた疾病を疾病の真理において生産することでもあった。疾病のもともとの本性、本質的 な諸性格、個々の疾病に特有の発達は、病院への収容の効果によってようやく現実となるこ とができるようになる、というわけである。
(フーコー 2006:140)
18世紀の病院は、病気の真理が輝き出るための諸条件を創り出すものと 見なされていた。 したがって病院は観察と証明の場であったが、純化と試練の場でもあった。それはある複合 的な設備をなしており、この設備は、疾病を出現させると同時に疾病を現に生産すべきもの でもあった。すなわち、種について観想する植物学的な場でもあり、病理学的な実体を製錬 する錬金術的な場でもあった。
(フーコー 2006:140-141)
この二つの機能が、19世紀に設立された大病院構造によっても依然とし て長い間引き受 けられていた。1世紀の間(1760年〜1860年)、病院への収容の実践と理論は、ま た、一般に疾病の構想は、この二面性に支配されていた。疾病の迎え入れの構造である病院 は、認識の空間ないし試練の場であるべきなのか、というわけだ。
(フーコー 2006:141)
そこから、医師たちの思考と実践とを貫く多くの問題が生ずる。以下が、 そのいくつかである。
(フーコー 2006:141)
一、治療法とは、病気を消去し、存在しなくなるまで縮減することであ る。しかし、この 治療法が合理的であるには、つまり治療法が真理のもとに基礎づけられるには、疾病が発達 するがまま放置しなければならないのではないか?いつ、どちら向きに介入しなければな らないのか?そもそも、介入などしなければならないのか?疾病が発達するように行動 しなければならないのか、それとも疾病が止まるように行動しなければならないのか?疾 病を弱めるように行動しなければならないのか、それとも疾病が終わりに至るように導かな ければならないのか?
(フーコー 2006:141)
二、疾病と、疾病の変化したものがある。純粋な疾病と不純な疾病、単純 な疾病と複合的 な疾病がある。最終的には一っの疾病があり、他のすべての疾病は遠近の差はあれそこから 派生した形態なのではないか、それとも、相互に還元不可能ないくつかの範疇を認めるべき なのか?(炎症という概念に関してブルーセと反論者たちとの間でおこなわれた議論。本 質的熱病の問題。)
(フーコー 2006:141-142)
三、正常な疾病とは何か?順調な経過を辿る疾病とは何か?死に至る疾病 か、それとも、進展が完了すると自発的に治癒する疾病か?ビシャの立てていた、生と死の間という疾病の位置についての問いがこのようなものである。
(フーコー 2006:142)
パストゥールの生物学がこれらすべての問題に対して導入した非常な単純 化はよく知られ ている。病気の作用因を規定し、これを単独の組織として定めることで、パストゥールの生 物学は、病院が観察の場、診断の場、臨床的かつ実験的な標定の場となることを可能にした。 のみならず、直接的な介入の場、細菌の侵入に対する反撃の場ともなることを可能にした。
(フーコー 2006:142)
これで、試練という機能は消滅しうる、ということがわかる。これ以降、 疾病の生産され る場は、実験室、試験管になる。しかしそこでは、疾病は発作という形でおこなわれることは ない。その過程は、膨れあがる機構へと還元される。疾病は、検証可能で制御可能な現象へ と帰着させられる。もはや病院という環境は疾病にとって、ある決定的な出来事に有利な場 である必要はない。病院という環境は単に、還元、転移、増大、認証を可能にするものであ る。試練は、実験室の技術的構造において、また医師の表象において、証拠へと姿を変えて。
(フーコー 2006:142)
医 学にまつわる人物についての「民族学的認識論」をやってみたいのであれば、パストゥ ールによる革命が、疾病の儀礼的生産と疾病の試練とにおいてこの人物がおそらくは千年も の間果たしてきた役割を奪った、と言わなければならないだろう。この役割の消滅は、おそ らくパストゥールの示したことの内情によって劇的なものとなった。パストゥールが示のは、医師は疾病を「真理において」生産する者である必要がない、とい うことだけではく、医師は真理に対する無知ゆえに何千回にもわたって自分が疾病の伝播者かつ再生産者なってしまった、ということである。病床から病床へと 渡り歩く病院の医師は感染の主要な 作用因だったのだ。パストゥールは医師の心に、ナルシシズムを傷つけるひどい傷を医師は長い間このことで彼を許さなかった。病人の身体をくまなく見、触診 し、調べなばならない医師のあの手、疾病を発見し、これを白日のもとで生産し、示さなければならな いあの手を、パストゥールは病気を運ぶものとして示した。病院という空間と医師の知それまでは、疾病の「危機〔発作〕」としての真理を生産するという役割 をもっていや、医師の身体と病院への押し込めが、疾病の現実を生産するものとして現れた。
(フーコー 2006:142-143)
殺菌されることで、医師と病院は新たな無罪を付与された。そこから、医 師と病院は新たな権力を抽き出し、人間の想像力における新たな立場を抽き出した。しかし、それはまた別の話である。
(フーコー 2006:143)

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