選択的注意|流行りの歌は忘れるのに、残酷な天使のテーゼは覚えている謎
流行りの歌が覚れない。
テレビやSNSで何度も耳にしているはずなのに、いざ歌おうとするとサビすら出てこない。
Aメロは知らん。
Bメロも知らん。
ラップパートに至っては、もはや呪文である。
二回目のサビに入っても、一回目を覚えていないのだから救いようがない。
ところが『残酷な天使のテーゼ』は歌える。
あの歌詞、落ち着いて歌詞カードを見ると相当すごい。「ほとばしる熱いパトス」なんて、日常生活で一度も使ったことがない。それなのに、口が勝手に動く。意味が分かってないのに魂で歌っている。
こういう現象を「選択的注意」というらしい。
自分にとって重要だったり、好きだったり、感情が動いたりする情報を拾い上げる働きのことである。
逆に、興味のない情報は見事に素通りする。記憶に残らないどころか、最初から存在しない。
流行りの歌が覚えれないのは、単に興味がなかっただけである。「“かわいいだけじゃ駄目ですか”は、保存しなくてよろしい」と判断していたのだ。
だからこそ『残酷な天使のテーゼ』が歌える。六甲おろしも歌える。阪神の選手別応援歌もバッチリだ。
昨日聞いた流行歌は忘れるのに、昔の応援歌は残っている。記憶の収納棚に、甲子園専用スペースがあるらしい。しかも、整理整頓されている。
「人はそれを左へ受け流す〜♬」と謳われるくらいだし、みんな似たようなものかもしれん。興味のない話は右から左へ流れるのに、好きな話になると記憶力は東大クラス。
だから選択的注意は、欠点というより偏食みたいなものである。野菜は残すのに、唐揚げは一瞬で消えるみたいなものだ。好きな情報を皿から拾っているだけである。
流行りの歌を覚えられないのは、記憶力が悪いからではない。好き嫌いしているだけである。
今日も知らない曲は素通りし、ほとばしる熱いパトスが高らかに流れてる。

🔗 前章はこちら:作業記憶が弱い🤯
🌀 シリーズ序章:ADHD?いや、ただのナマケモノかもしれん🦥
