錆びに負けたブリキ鉢|多肉植物の名前が厨二病すぎる!第拾話
世の中には、見た目は立派なのに、土台がまるでできていないものがある。会社もそうだし、家庭もそうだし、私が建国した暗黒竜王国もそうだった。国名を聞けば、黒雲うずまく山脈の奥にそびえる魔王城を想像するかもしれないが、実態はセリアで買ったブリキ缶に多肉植物を植えただけである。言ってしまえば百円の国家である。それでも私は本気だった。
思えば最初から、少し浮かれていた。暗黒竜という名前に惹かれ、桜竜を迎え、無刺王冠竜で王冠まで添え、朧月で朝焼けの情緒を加え、竜神木まで配置した。ついでに悟空もいる。もはや植物の寄せ植えというより、設定資料だけ分厚いファンタジー大陸である。私はその小さな鉢を眺めながら、暗黒竜王国などと名付け、すっかり玉座に座った気分でいた。
問題は、その玉座がブリキ缶だったことである。無骨感が、どことなく荒廃した世界に似合う。新品なのでまだキラキラしていたが、時間が経てば錆びて、味が出て、いずれ本物の魔王城らしくなると信じていた。
あの時の私は甘かった。錆も、古びた看板や使い込まれた革財布のような「味」になるものだと思っていた。ところが実際の錆は、そんなロマンチックな顔をしていなかった。私の世界観など一切気にせず、底からじわじわ攻めてきた。
そもそも暗黒竜王国は、建国直後から排水設備不足による行政指導を受けていた。ブリキ缶の底には穴がなかった。鉢売り場に置かれていたのだから、植物を植える前提なのだろうと、よく考えずに土を入れ、王国に恵みの雨を降らせていた。
水やりは園芸の象徴である。だが多肉植物にとって、王の善意は時に水害となるらしい。祝福の雨だと思っていた行為も、地下に貯まれば、ただの湿気である。王国は魔王軍に攻め込まれる前に、まず治水でつまずいた。
それでも私は「底に穴を開けたら、ええんやろ?」と、自分の失敗がまだ取り返せる段階だと余裕をこいてたので「そのうちやろう」と、魔王城のリフォーム計画を先延ばしにしていた。
ある日、暗黒竜王国を見ながらコーヒーを啜っていたら、底付近に妙な違和感を感じた。
「なんやこの茶色いの?……ん?サビ?」

底が錆びていた。しかも一週間ほどである。早い。早すぎる。経年劣化ではなく週劣化である。私は思わず「ここは沖縄か」とつぶやいた。沖縄では、車も、室外機も、物干し竿も、みんな潮風にやられた。塩害という言葉は教科書ではなく実物で覚えた。
上京してからは、金属も多少は長生きできる土地へ来たのだと思っていた。ところが暗黒竜王国は、海もないのに、底から南国の記憶が蘇っていた。
慌てて国民たちを避難させ、土をどけ、ブリキ缶の中を覗いた瞬間、私は建国者の顔から欠陥住宅を見つけた大家の顔になった。外側だけではない。内側も、思っていた以上に腐食している。茶色くなった底、湿った跡、剥がれかけた金属の表面。そこにあったのは、夢見た魔王城の重厚な経年変化ではなく「数年?そんな悠長なこと言ってられませんわ」と言わんばかりに、一週間で底から本気を出してきた。


暗黒竜王国は、魔王軍に攻められる前に、足元から崩れようとしている。フリーザも攻めてきていない。ただ、水をやっただけである。王国を作るなら、まず土台を見ろ。社会の教科書に載せたいくらい分かりやすい衰退の流れを、百円で教えてもらった。
国民を避難させながら、次はどんな城に移そうかと考えている。陶器なら安定感がある。ガラスなら見た目は美しい。だが、暗黒竜にガラスは上品すぎるし、やはり魔王城には無骨さがいる。
……結局、土台より世界観を優先している時点で、この王は何ひとつ学んでいない。

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