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抽象的思考が苦手?いや、説明が下手なだけかもしれん😏

「抽象的思考が苦手」と思っていた時期がある。難しい話になると、途中で頭の中が霧に包まれたようになり、「なるほど」と言いながら、何ひとつ腹に落ちていない。

これは自分の理解力の問題なのだろうか。

……いや、違う。説明している方が雑なのではないか。

そもそも人は、毎日のように抽象的思考を使っている。

「あの人、なんか感じ悪い」
「この店、落ち着く」
「最近ツイてない」

これらは全部、細かい出来事をひとまとめにして貼ったラベルである。表情、声の調子、店の明るさ、空気、過去の記憶。そういう具体的な材料を、ごちゃっと混ぜて「なんか」と呼んでいる。

人はかなり雑に、そして自然に抽象化して生きているのだ。

それなのに「抽象的思考が苦手な人」の説明を読むと、雲行きが怪しくなる。

「抽象的思考 苦手」で検索


Yahoo!で「抽象的思考 苦手」と検索した時の回答👇


抽象化思考が苦手な人の特徴として、情報を整理する際に解像度が粗く、個々の情報がバラバラで共通性を見出すことができない点が挙げられます。 たとえば、営業現場で資金回収の問題に直面した場合、抽象化が苦手な人はその場限りの対処療法的な対応に終始し、根本的な問題解決には至りません。

出典:DIAMOND ONLINE

💬......うん。この説明が抽象的過ぎて、わからん😇


「解像度が粗い」
「共通性を見出せない」
「対症療法的な対応に終始する」

説明しているようで、説明から逃げている言葉たちである。解像度とは何の解像度なのか。共通性とは、どことどこの共通性なのか。対症療法とは、つまり何をしている状態なのか。こちらが知りたいのはそこなのに、肝心なところで煙幕を張られる。

たとえば、お金を払ってもらえない問題が起きたとする。

目の前のことを見る人は「電話しよう」「謝りに行こう」と考える。一方で抽象的に考える人は、「毎回同じ相手で起きているのか」「契約の説明が弱いのか」「請求の仕組みに問題があるのか」と、出来事同士のつながりを見る。

こう言ってくれたら分かる。なのに最初から「解像度が粗い」と言われると、こちらの解像度より先に機嫌が粗くなる。

本当に説明がうまい人は、難しい言葉を投げつけない。

「別の例で言うと」
「噛み砕くと」
「つまりこういうこと」

相手の足場に降りて説明する。反対に、抽象語を振り回して「伝わらないのは相手が悪い」とする人は、抽象が得意なのではなく、説明を畳んでるだけだ。タオルや布団を畳んでくれた方がよほどありがたい。

抽象とは、情報をただ減らすことではない。具体の中にある関係性を残すことである。そこを残さずに言葉だけ立派にすると、話は急にスカスカになる。

だから、抽象的思考が苦手な人が多いとは思っていない。説明が下手な人が、「抽象」という高そうな服を着て歩いているだけである。

この記事が抽象的すぎて分からなかったら申し訳ない。それは私の説明が下手だったからだ。

いや、違う。そこは読んだ人の抽象的思考に任せたい。

……知らんけど(-ᴗ- )フフフ…✨

↩️ 前章はこちら:半額チキン🍗
🌀 シリーズ序章:ADHD?いや、ただのナマケモノかもしれん🦥

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