「これ美味しいよ!」は、偏食家にはありがた迷惑|食わず嫌いで何が悪い?
「これ美味しいよ、食べてみて」
この言葉の返しに困る。たとえ善意で言ってようが、ただのありがた迷惑である。
「それって、あなたの感想ですよね?」
ひろゆきを食卓に召喚するしかない。
私は好き嫌いが多い。食べたいものは覚えても、興味のない食べ物は、視界には入ってこない。食の世界にだけ、強めのA.T.フィールドを展開しているのだ。
娘が「この揚げ物、美味しいよ。一口いる?」と言っても笑顔で断る。なぜなら中身が分からないからだ。もし海老やカニだったら失神する。
ご近所さんの「作りすぎたので、おすそわけです」も難しい。気持ちはありがたいけど、タッパーに入った家庭料理は中身不明の箱である。受け取りお礼も言うが、食べるかどうかは、また別の話だ。
他人が作ったおにぎりも苦手である。具が分からない。握った人の情報も多い。愛情より先に、謎が多すぎる。
そんなことを言うと、「人生半分損してる」と言われるけれど、毎日それなりに幸せで、ちゃんと満腹である。
興味のある食べ物を食べ、興味のない食べ物は静かに存在しないことにしても世界は平和に回っている。
だから今後も「これ美味しいよ」と勧められても、笑顔で「それって、あなたの感想ですよね」と思うだろう。
……知らんけど(-ᴗ- )フフフ…✨

🔗前章はこちら:食事の優先順位🍚
🌀シリーズ序章:ADHD?いや、ただのナマケモノかもしれん🦥
