クラス替えのワクワクと不安|都会育ちの親と村育ちの娘🌺
クラス替えが、じつは学校版ドラフト会議みたいなものだと知ったのは大人になってからである。どうりで、どのクラスにもピアノが弾ける子がいたわけだ。運動会で走れる子、学級委員を任せられそうな子、静かに本を読む子、やたら先生に話しかける子。あれは偶然ではなく、職員室という名の会議場で、先生たちが真剣な顔をして戦力を分散させていたのだと思うと、なんだか自分の学生時代までスカウティング資料に見えてくる。
問題は、自分が何位指名だったのかである。少なくとも一位ではない。「場を荒らすほどではないが、たまに余計なことを言う内野手」くらいの評価だろう。補欠ではないが、中心選手でもない。先生からすれば、どのクラスに置いてもそこそこ機能する便利枠。要するに味噌汁に入れる乾燥わかめみたいなものだ。増えるけれど、主役ではない。
それでも春のクラス替えは楽しみだった。新しい教室の入口に貼られた名簿を見るのは、子どもにとっての運命発表である。気になる子の名前を探し、仲のいい友達の名前を探し、ついでに「あいつもおるんかい」と舌打ちする。たった一枚の紙に、一年間の天国と地獄が詰まっていた。
娘は沖縄の村で育った。幼稚園から中学卒業まで、同じメンバーである。クラス替えというイベントそのものが存在しない。親としては申し訳なかった。あの名簿前の心臓が妙に浮く感じも、知らない顔が混じる不安も、春だけ開く人生のガチャガチャみたいなワクワクも、娘にはなかった。
本人は気にしていなかった。変わらないことが当たり前なら、それはそれで世界として完成している。毎日同じ顔ぶれで過ごす教室は、よく言えば家族のような場所だった。悪く言えば、家族のような場所である。村社会の扉は、開けたら最後、戻ってこられない。
そして上京し、娘も高校生になった。いよいよ二年生。ついにクラス替えの季節である。私は胸を躍らせた。あの名簿前のドラフト発表を、娘もようやく味わえる。誰と同じになるのか。新しい友達はできるのか。青春のくじ引きが、ついに始まる。
と思っていたら、特進クラスはクラス替えがないらしい。
娘の人生、まさかの永久契約である。職員室ドラフト会議にすら参加できない。せめて親の私くらいは、一位指名された気分で見守ってやろうと思う。
⬅️ 前話はこちら:改札の恋物語❤️
↩️ シリーズ序章:これはウェルビーイングな時間?
