逃げきれなかったお正月🎍|やっと終わった三が日🧧
お正月というものは、もっとのんびりしてたはずだ。
餅でも食べながら、だらだら過ごす。そういう平和な三が日を想像していたのに、現実はそんな甘くなかった。
年末は大掃除から全力で逃げきった。ところが正月は、お年玉、おせち、初詣、親戚への挨拶と、やたらと「ちゃんとしなさい」と言ってくる行事が多い。
めんどくさいなぁと思いながらも、完全には逃げられないところが正月の怖さである。
沖縄に住んでいた頃、お年玉問題は存在しなかった。親戚はみんな内地にいて、娘は一人っ子。渡す側も渡される側も最小構成である。
ところが東京に来ると話が変わる。親戚に会い、挨拶をして、お年玉を渡す。そんな流れが目の前に現れる。会ったことのない甥っ子や姪っ子にお年玉を渡すのも、なんだか釈然としない。
そこで我が家は、元旦の親戚集合を避け、二日に妻の実家へ挨拶に行った。
これでお年玉問題は回避できたと思ったら、まさかの私がお年玉をもらった。人生、何が起きるかわからない。しかも雪が降り、帰れなくなって一泊することになった。逃げたつもりが、しっかり巻き込まれている。
おせちもすっかり姿を消した。子どもの頃、実家ではおかんが毎年きちんと用意していたが、私は好き嫌いが多く、食べられるのは栗きんとんくらいだった。
大人になった今、妻は料理をしないし、頼まれてまでおせちをこしらえたくはない。正月らしさとして餅は食べるが、この日はタコパをした。餅入りたこ焼きを作ったので、正月要素はギリギリ回収できたと思っている。
そういえば最近、正月らしさそのものも薄くなった。凧揚げも見ないし、羽子板も福笑いも見ない。テレビを捨てたので、あけおめCMも流れない。福袋は十二月から売っているし、初日の出は夢の中だった。年賀状はとっくに仕舞っている。
お正月を感じる行事が生活からどんどん消えている。
それなのに、三が日は毎日どこかへ出かけ、普段の休日よりずっと疲れた。年末は逃げきれたのに、正月は逃げきれなかったのである。
ようやく三が日が終わった。明日こそゆっくりしよう。
無理や。
明日はイッテンヨン。東京ドームである。
どうやら私のお正月は、まだ終わっていない。

↩️ 前章はこちら:大晦日💨
🌀 シリーズ序章:ADHD?いや、ただのナマケモノかもしれん🦥
