見出し画像

エスカレーター右側で止まるやつ……わしや🤣|効率と安心、文化の違い

東京のエスカレーターに乗るたび、私は亡命者になる。大阪生まれの身体は、何も考えずにエスカレーターで右側へ立とうとする。東京は左に立つ街である。右側は、急いでいる人のために空けておく空気が、駅の床から天井まで、見えない防犯カメラのように張り巡らされている。

それなのに足が右へ行く。まるで身体の中に小さな大阪のおっちゃんが住んでいて、「こっちやろ」と肩で風を切っているようである。私は慌てて左へ寄る。誰にも何も言われていないのに、深々「すんません、わしは怪しい者ではないで。ただのエスカレーター移民や」と頭を下げる。


長く住んでいた沖縄には、そもそも片側を空ける文化がなかった。みんな好きな場所に立つ。右でも左でも、二人並んでも、空が青ければだいたい許される。エスカレーターもどこか穏やかで「まあ、上には着くさ」と言っているようだった。大阪は違う。右に立ち、左を空ける。左側には見えない追い越し車線があり、そこをふさぐと空気がざわつく。背後から「急いどんねん」という念が飛んでくる。


そして東京である。東京の人々は、見事なほど左に集まる。右側は空いている。表示には「歩かず二列で」と書かれていることもある。それでもみんな左に立つ。右側が、まるで高級寿司屋のカウンターみたいに空いている。入っていいのか、いけないのか。庶民には判断が難しい。

東京のエスカレーターは、移動装置ではなく空気読み検定なのだ。乗った瞬間に、自分がどの街の人間か試される。大阪の効率、沖縄ののんびり、東京の同調。その全部を中途半端に背負った私は、今日も右に立ちかけて、左へ逃げる。誰にも怒られていないのに、勝手に裁判を受けている気分になる。


本当はエスカレーターからすれば、二列で静かに乗ってほしいのだろう。片側だけに人が乗れば、機械だって肩こりするに違いない。だが人は、機械の都合より周囲の視線を優先する。右側が空いていても、そこへ立つ勇気はなかなか出ない。空席だらけの電車で、隣に座るくらいの気まずさがある。

エスカレーターで右側に止まるやつは、迷惑な人ではなく、街の空気にまだ染まりきっていない旅人なのかもしれない。もしくは、二列乗りを本気で守ろうとしている孤高の改革者である。まぁ、私の場合は改革者ではない。ただ足が大阪を覚えているだけだ。今日も東京の駅で右に立ちかけ、そっと左へ移動するけど、エスカレーターは何も言わない。

すまん、右側。今日もお前を裏切った。

⬅️ 前話はこちら:元を取りたい🎡
↩️ シリーズ序章はこちら:これはウェルビーイングな時間

いいなと思ったら応援しよう!