開けたら開けっぱなし🚪|閉める理由が薄いと閉めれない🗝️
開けたら、閉める。
妻の中では、それが常識らしい。ところが私の中では、開けたら開いたままである。引き出しも、クローゼットも、廊下の扉も、「閉める」という工程が、どこかへ旅立ってしまう。
別に反抗しているわけではない。だらしなさを主張したいわけでもない。ただ、またすぐ使うかもしれないし、開いていたほうが風通しもよさそうだし、廊下の扉なんて出入りするたびに開け閉めするのが面倒ではないか。
自分の中では、ちゃんと筋が通っている。妻には通らないだけである。
もちろん、その代償もある。開けっぱなしの扉に頭をぶつける。引き出しの角に足をぶつける。そして妻に怒られる。なぜ閉めないのかと聞かれるが、こちらとしては「なぜ毎回閉めるのか」と聞き返したい気持ちもある。
口には出さない。出すと家庭内の空気まで開けっぱなしになる。
そんな私でも、冷蔵庫は閉める。電気代がかかるからだ。つまり、閉められないタイプではない。閉める理由に納得した時だけ本気を出すタイプなのだ。
なんだか急に賢そうに聞こえるが、実態はただの面倒くさがりである。
鍵もよく忘れる。家の鍵も窓の鍵も怪しい。泥棒が入る未来が、どうしても想像できないのだ。高級品はない。現金もない。盗られて困るものも思いつかない。仮に泥棒が入ってきたら、「え、何しに来たん?」とこちらが聞きたいくらいである。
妻には「泥棒が入ったらどうするの」と怒られる。もっともな意見である。
ただ、私は知っている。妻の実家は、鍵どころか玄関のドアまで開いていた。あれはもう、防犯というより地域への信頼である。私も妻の実家も、心はフリーパスだった。
結局、開けっぱなしとは何なのか。
だらしなさなのか。無意識なのか。いい加減さなのか。
私に言わせれば、閉める理由が見当たらないだけである。問題は、閉めたかどうかを忘れることではない。
そもそも閉めようと思ったかどうかも、覚えていないことである。

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🌀 シリーズ序章:ADHD?いや、ただのナマケモノかもしれん🦥
