読解力ゼロの国語攻略|作者の気持ち?……知らん。
読解力のなさには、ちょっとした自信がある。文章を読み終えたあと、内容が湯気のように消えていく。主人公の心情など、こっちが聞きたいくらいである。
「なぜ悲しかったのでしょう」と問われても、「知らん。本人に聞いてくれ」と思っていた。
ところが、国語の点数は悪くなかった。文章の中身は覚えていないのに、問題を読むと「あ、答えはこのへんにあるな」と分かる。冷蔵庫の中身は把握していないのに、マヨネーズの残量は分かる主婦のような能力である。
登場人物の気持ちは読めない。
作者の意図も読めない。
しかし、作者の人間性は勝手に浮かんだ。
「この人、ちょっと自分に酔ってるな」
「この人は優しいふりをして、なかなか面倒くさそうだな」などと、本文とは別のところを読んでいた。もはや国語ではなく、人物鑑定である。
答案用紙には、それっぽいことを書いた。「この表現から、主人公の孤独が読み取れる」などと書きながら、内心では「ほんまか?」と思っていた。だけど、丸はもらえたから、国語とは、こういう競技なのかもしれんと思いやり過ごしてきた。
ただし、詩は無理だ。「サラダ記念日」を前にしても、野菜の美味しさまでは伝わらなかった。
国語力とは、読解力ではない。文章の奥にいる相手を、勝手に想像する力だったのだ。
内容は蒸発する。
心情も分からない。
でも、「この人、こういう人やろ?」は残る。
国語に必要なのは努力ではない。勘と偏見と、雑な作文力である。
……知らんけど(-ᴗ- )フフフ…✨

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🌀 シリーズ序章:ADHD?いや、ただのナマケモノかもしれん🦥
