暗黒竜の新居探し|多肉植物の名前が厨二病すぎる!第四話
そろそろ上京して一年になる。引っ越しは大変だった。駅近がいいのか、日当たりはどうか、周辺環境は整っているか、隣人はまともか。人ですら部屋探しとなると人生設計まで背負い出しているのだから、暗黒竜の住まいも半端な覚悟では挑めない。
モロゾフの空きグラスに仮住まいしてる暗黒竜は「そろそろ引っ越したいんですけど」と朝起きるたびに言ってくる。早く決めたい気持ちはあるけど、暗黒竜という名を背負っている以上、そこらへんの白くて丸い可愛い鉢に入れていいものなのか、鉢の大きさはどれくらいがベストか、部屋の雰囲気も考えるべきか、そんなことを考えているうちに、どんどん日にちが過ぎていく。私は多肉植物を育てているのか、暗黒竜の不動産仲介業を始めたのか分からなくなってきた。

そもそも多肉植物を始めた理由は「水やりが少なくていいらしい」だった。忙しい現代人にも、ずぼらなおっさんにも優しい。毎日かまわなくても生きてくれるなんて、なんと懐の深い植物なのだろうと思っていたのに、いざお迎えしててみると話は違った。水やりの回数よりも設定を盛る手間が異常に多いのである。
ホームセンターで最初に目に入ったのは、錆加工が施されたブリキの容器だった。薄暗い棚の下段に置かれたそれは、どこか廃墟の工場から持ち出されたような顔をしていた。新品なのに古びている。清潔なのに荒廃している。これはいい。暗黒竜にはこういう住まいが似合う。長い年月を地底で眠り、目覚めた瞬間に王国をひとつ灰にしたような雰囲気がある。
ほぼ決めかけていたが、側面の文字を見たあと、そっと棚へ戻した。

「since 1972」
......若い。暗黒竜に五十四歳は若すぎる。人であれば、もうすぐ定年退職を迎えるベテランでも、暗黒竜としてはまだ生まれたての子羊である。せめて平安時代から活動していてほしい。欲を言えば、隕石が落ちる前から地底で目を光らせていてほしい。昭和生まれの暗黒竜では、闇の支配者というより、スナックでいまだバブルの話をしてるおっさんみたいになってしまう。

次に気になったのは、天使の鉢だった。白い羽、穏やかな表情、祈るような姿。園芸コーナーの一角に神聖な空気が流れていた。たしかにおしゃれである。淡いグリーンの植物などを入れたら、窓辺に置くだけで暮らしが一段階ていねいに見えそうだ。
だが、うちにいるのは暗黒竜である。
天使の腕に抱かれる暗黒竜。絵面としては更生施設である。かつて暴走族だった少年が、白い壁の部屋でシスターに見守られながら反省文を書いているような構図になる。暗黒竜も「もう森は焼きません」と誓わされそうだ。求めているのは改心ではなく、封印である。そんな丸くなった暗黒竜を見たいわけではない。
そんなこんなで鉢選びは迷宮入りした。ネットを眺めているうちに、今度はテラリウムというものに出会った。ガラスの容器の中に土や石や植物を配置し、小さな世界を作る。
画像を見たとき心がざわついた。小さな森、小さな洞窟、小さな異世界。ガラスの向こう側に、美しくも違う時間が流れている感じがある。

ただし、ガラスの世界に住むのが暗黒竜となると話は変わる。森の妖精が小枝の椅子でお茶を飲む世界ではない。暗黒竜は妖精側ではなく、森を焼く側である。小さな世界を作るつもりが、封印の祭壇を設計している気分になってきた。
そこから私の行動はおかしくなった。無印良品へ行けば、不揃いバウムを見るふりをしてガラス容器を持ち上げる。

IKEAへ行けば、北欧の暮らしを眺めるふりをして透明な器の深さを確認する。ニトリへ行けば、食器コーナーで「これは竜の巣として浅すぎるな」などと考えていた。店員さんから見れば、ただ食器を探してるおっさんではあるが、私は“暗黒竜の一生がかかっている”と真剣に悩んでいた。
気づけば、園芸コーナーより食器コーナーにいる時間のほうが長くなっていた。植物を育てる知識は増えてない。水やりのタイミングも曖昧である。日当たりについても「明るけば育つんちゃう」くらいの理解で止まっている。その代わり、ガラス容器の直径は詳しくなった。

暗黒竜を見ていると、あの黒っぽい佇まいに、どこか無言の圧を感じるからである。
結局、壮大な旅の末にたどり着いたのは、セリアの透明容器とブリキ容器だった。暗黒竜の新居探しと大げさに言いながら、最後は庶民派住宅に落ち着くあたり、家賃の上限があるのかと思われたなら弁解をさせてもらう。正式決定ではない。まずはイメージを具体化しようと考えただけである。
今、暗黒竜たちは新居候補を前に無言の圧を放っている。「水はまだか」ではない。「そこは我の城にふさわしいのか」と問いかけてきた。植物の植え替えというより、もはや都市開発である。
引っ越しは大変だった。人でも大変なのだから、暗黒竜ならなおさらだ。遠くまで探しに行った答えは、百均の棚に静かに置かれていた。
どうやら暗黒竜が住む世界では、育成より先に不動産バブルが崩壊した。

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