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銀河フェニックス物語<出会い編> 第三十九話(21) 決別の儀式 レースの途中に

銀河フェニックス物語 総目次
・<出会い編>第三十九話「決別の儀式 レースの前に」①   
第三十九話「決別の儀式 レースの途中に」① (19) (20

* *

 まもなく決勝が始まる。
 ティリーはもやもやする気持ちがおさまらなかった。 

t23@2色@2白襟長袖困惑

 『銀河一の操縦士』にS1で飛んでほしいと、ずっと思っていた。『無敗の貴公子』と対戦してほしいと。

 でも、予選で見たハールは苦しそうだった。
 十九位。
 こんな形は想定していなかった。今のままではエースとの先頭争いに加われる気がしない。

 船の性能も含めてS1なのだ。

 それは、レイターだってわかっている。

振り向きの3

 どうしてハールなんて船にしたんだろう。同じギーラル社の船なら速いマウグルアだってあるのに。

 わたしはかぶりを振って気持ちを切り替えた。
 忘れてはいけない。わたしの仕事はポールポジションのエースがこのままゴールすることだ。

 控え室で待機しているエースにミネラルウォーターを持っていく。いつものルーティンだ。
「お水をお持ちしました」
「ありがとう」
 エースは集中している。
「頑張ってください」
「ああ、僕は勝つよ」
 エースが笑顔を見せてボトルの封をあけた。異物混入を避けるためエースが自分であけることになっている。

 エースからライムの香りがする。

 胸が勝手にバクバクと音を立てた。
「ティリーは、僕とレイターのどっちに勝って欲しい?」
 先週二人でテストコースを飛んだ日のことが頭に浮かぶ

ティリーとエース頬色2

 エースの集中を邪魔してはいけない。わたしは静かに控え室を出た。

 このレースが終わったら『無敗の貴公子』はいなくなり、エース・ギリアムだけが残る。
 その事実をまだ、わたしは受け止め切れていない。

 五年前、たまたま見たテレビの情報番組に、話題の人としてエースが出演していた。
『無敗の貴公子』を一目見てカッコいいと思った。紳士的なふるまいと美形なルックスが、わたしの好みにヒットした。

 その週末、スポーツチャンネルでS1のレースを初めて見てみた。

 宇宙船が競って飛ぶ。その迫力に圧倒され、美しさに感動した。エースの操縦はわたしを魅了した。

正面前向きレース

 アンタレス人はもともと数字に強い民族で、工学的なものがすんなり入ってくる。S1機の飛行性能をすぐに覚えた。

 気づけば推し活にのめりこんでいた。無敗の貴公子のレース映像を集めて、写真集を買って、グッズを買って、宇宙船雑誌を定期購読して、経済的な新聞記事も読んだ。推しを通じて世界が広がっていく。

 携帯通信機の待ち受け画面はもちろんエース。
 友だちと好きなアイドルの話をする時にはエースの話。
 ビジュアルがいいから、自分としては違和感がなかった。


 その頃わたしは、学校のテニスクラブに所属していた。

 男子部キャプテンのアンドレは、宇宙船レースが好きだった。
 クラブ活動が終わると趣味のレース話で盛り上がった。毎日楽しかった。

 その彼から「つきあって欲しい」と告白された。
 アンドレと話すのは楽しい。断る理由がなかった。
 公認のカップルとなったわたしたちは、テニスをして学校帰りにファストフードでレースの話をする。

ティリーとアンドレ

 共通の趣味は話題に事欠かない。何の不満もない日常。

「すごかったね、昨日のエース」
「オクダも惜しかったな。ギーラルの機体があと半周持ったら結果はわからなかったんじゃないかい」
「ありえないわ! 無敗の貴公子が負けるわけないじゃない」

 一度だけ、彼に冗談っぽく聞かれた。
「ティリーは、僕とエースのどっちが好きかい?」
「何、バカなこと言ってるのよ」
 と答えながら、わたしは気が付いた。自分がエースを思い浮かべたことに。『無敗の貴公子』はわたしの生きる糧だ。

 グッズを買うために何時間でも並ぶエネルギー。そういう湧き上がる熱が、現実の恋愛にはなかった。不満はないのに満たされない。

 そして、エースを追いかけた冗談のような就職活動が実を結び、わたしはクロノスに入社して故郷を離れた。
 遠距離によって、彼氏のアンドレとの仲が自然消滅したのは仕方のないことだった。

 もし、わたしがクロノスに就職せず、故郷でアンドレと一緒に今日のレースを観ていたら。
 無敗の貴公子が遠い世界の推しのままだったら。
 エースロスはつらいけれど、「卒業おめでとう」とエースに感謝するのだろう。わたしの人生を彩り、潤してくれてありがとうと。

「卒業おめでとう」
 現実はそんな単純な話ではなくなっている。

 憧れの推しはこのドアを一枚隔てた向こうにいる。
 きょうのレースの後、わたしとエースの関係は間違いなく変わる。

 エースから漂うライムの香りがわたしの心を揺らす。   (22)へ続く

第一話からの連載をまとめたマガジン 
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48ノ月(ヨハノツキ) ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」