薄田泣菫の詩「ほほじろ」から学ぶ - 音とリズム・テーマと内容 -
このシリーズでは近代~昭和初期にかけて活動した文士の作品から、「詩のどこが良いのか」「どう書けば詩なのか」を探していく。
どの記事も一本で完結している。
今回も引き続き『泣菫詩抄』で、「ほほじろ」という詩から学ぶ。
薄田氏は「ほほじろ」という詩を二つ以上書いているが、この記事では「み山頬白鳴くことに、」で始まる詩を使用する。
まずは泣菫氏のことから知りたいという方には、前回の記事をおすすめする。
ほほじろ
み山頬白鳴くことに、
一筆啓上つかまつる、
故郷を出てからまる二年、
まめで其方も居やるかと、
つひぞ忘れた事もない、
風のたよりにことづてて、
木の實草の實やりたいが、
お山の鳥の世わたりは、
春の彼岸が來てからは、
雛のそだてにいそがしうて、
ひまな日とては御座らない。
母音「О」の多用
この詩には、母音を「O」とする言葉が、二行目を除いて全ての行に使われている。
しかも、一行を七文字と五文字に分けて見てほしい。
前半の七文字には三文字目や七文字目などの良いタイミングで「O」が入ってくる。
個人的な感想になってしまうが、とても気持ちが良い。
前半と後半で違う、韻の種類
さて「O」を多用すると書いたが、「au」「ai」という母音の韻も多用されている。
先程のように一行を七文字と五文字に分けて、後半の五文字を見てほしい。
二行目「つかまつる」の「まつ」、三行目「まる二年」の「まる」、四行目「居やる」の「やる」は「au」という韻。
五行目「事もない」の「ない」、七行目「やりたいが」の「やり」「たい」、八行目「世わたりは」の「たり」、最終行「御座らない」の「ない」は「ai」という韻。
つまり、一行の中でも前半と後半で使っている韻を変えている。
詩を書いていれば自然にそうなるのも分かるが、反復法なしにここまで母音が揃うと圧巻、技の域である。
シンコペーション
シンコペーションとは音楽において「タタータ」と聞こえるリズムである。
「頬白」「故郷を」「お山の」というフレーズは、アクセントが「タタータ」とほとんど同じようについている。
これもまた、気持ちが良い。
実は最初と最後の一行がテーマ
この詩は「ほほじろ」が話しているという体で書かれている。
しかし無粋であることを承知でこの詩を要約すると、最初と最後の一行だけでも十分に「ほほじろ」の言いたいこと、「暇な日が無いこと」が伝わると分かる。
そこに物語性を加えて詩を形成していく。試作の過程を考えるアイデアとして、この構成は非常に参考になる。
まとめ
どうしてこの詩に惹かれるのだろう、と思う時。内容の厚みや感動的な言葉だけでなく、音やリズム、構成が関係している場合もある。
一見すると老若男女が読める詩で、読み手は楽な気持ちで読める。
しかし分解すると、書き手の技や工夫が詰め込まれていて、簡単には書けない詩だと思えてくる。
詩は親しみやすさと、読み手に苦労を見せない工夫との両立が必要なのかも知れない。

「♡」押せます。
読了の印として、あると嬉しいです
《参考および一部引用:薄田泣菫『泣菫詩抄』、岩波文庫、岩波書店、平成十一年》
「つばくら」「ほほじろ」「うぐひす」など、鳥の詩も多く残されています。
本記事は、加筆修正をした上で電子書籍に収録しています。
こちらの記事もおすすめ
大手拓次の詩「さびしいかげ」から学ぶ
“時間を場所にする”こと
(2025年11月投稿・1504文字)
薄田泣菫も認めた北原白秋を師に、“薔薇の詩人”とも呼ばれた大手拓次氏。
「ほほじろ」と似たような構成の詩を取り扱っています。
いいなと思ったら応援しよう!
この記事を保存したいとお思いの方、応援いただけますと幸いです。
頂戴したチップは同人誌「さくさく」への寄稿費など、文芸活動に充てます。