立原道造「朝やけ」を読む|気づいているのに問いかける意味
普段、このシリーズでは近代~昭和初期にかけて活動した文士の作品から、「詩のどこが良いのか」「どう書けば詩なのか」を探していく。
どの記事も一本で完結している。
今回は立原道造氏の詩群『暁と夕の詩』から、「朝やけ」を読む。
前回に引き続き、問いかけを主題とした詩を扱っていく。

はじめに、立原道造とは
大正3年生まれの詩人、建築家。
13才で北原白秋氏を訪ね、歌集をつくるなど、詩や歌への造詣があった人物。
「ゆめみたものは」「のちのおもひに」などで知られる。
素朴で棘の無い作風で、その優しさに惹かれる読者も少なくない。
短歌や俳句、はては小説やパステル画など、あらゆる創作を楽しんでいたという。
24歳にして結核で生涯を閉じるが、死の直前に中原中也賞を受賞している。
なお命日である3月29日は、立原氏の好んだヒヤシンスにちなみ、風信子忌と呼ばれる。
朝やけ
昨夜の眠りの よごれた死骸の上に
腰をかけてゐるのは だれ?
その深い くらい瞳から 今また
僕の汲んでゐるものは 何ですか?
こんなにも 牢屋めいた部屋を
あんなに 御堂のやうに きらめかせ はためかせ
あの音楽はどこへ行つたか
あの形象はどこへ過ぎたか
ああ そこには だれがゐるの?
むなしく 空しく 移る わが若さ!
僕はあなたを 待つてはをりやしない
それなのにぢつと それのベツトのはしに腰かけ
そこに見つめてゐるのは だれですか?
昨夜の眠りの秘密を 知つて 奪つたかのやうに
物理的か、心理的か
深くてくらい
この詩では、横たわった体勢の足のほうに、朝の光がかかっているのだろう。
その光に「だれ」と、問うていると考えられる。
確かにカーテンの隙間から光が漏れると、座った人のような、スポットライトのような、縦長な筋になる。
しかしここで不思議なのは「深い くらい瞳」という表現である。
光っているのに、深くてくらい。
これは詩の後半でも触れられているが、立原氏が “朝日を望んでいない” という心の表れだと考えられる。
愁いを帯びた美女を想像すると、分かりやすいと思う。
美しいから幸せに満ちているとは限らないのだ。
汲んでいるもの
深くくらい瞳を見て、立原氏は何を汲んだのか。
汲む、と聞くと、井戸水や湧き水を連想するが、その類いでは無いと思う。
汲んでいたのは涙で、つまり涙ぐんだという意味ではないだろうか。
“涙は自ずと出るものではなく、何かから汲んでくるもの” という表現になっているのだと考えられる。
汲んでいるから、生理学的な涙ではない。
そして光が美しいからか、朝が嫌だからか、あるいは両方か、涙の理由が形容しがたい。
そのため「何ですか?」という問いになるのではないだろうか。
ひらがなから漢字へ、曖昧から明確へ
むなしく、空しく 移る 我が若さ!
ひらがなと漢字の使い分け(益荒男ぶり・たおやめぶり)については幾度か書いたが、今回は少し違う使い分けだと感じる。
2回目の「空しく」で、若さが移って減っていることが明確になってきていると思われる。
1回目の「むなしく」では、まだ減っているような感じはしなかったのだろう。
茶碗の中の米を、1粒取られるレベルがひらがなで、半分取られるレベルが漢字なのだ。
察しながら問う「だれですか?」
前述の通り、「だれ」の正体は恐らく朝日で、立原氏もそのことに勘付いているはずである。
では、それでもなお問うているのは何故か。
朝日は実は装束のようなもので、 “朝日を纏った何か” に向かって話しかけているのだと考えられる。
大手拓次氏の詩で取り上げたような、象徴詩に特有の表現である。
露骨に桜で例えると、「桜が散るのは哀しいから、桜は桜ではなく、花の形をした哀しみそのものだ」という考え方をするのが、象徴詩だ。
“涙” の項目で触れたように、朝日の姿をしているから正体が分からない。それで、「だれですか?」という問いかけが生まれたのだと推測できる。
まとめ
立原氏の詩が「優しい・素朴」と今日まで人気である理由が分かった気がする。
優しい景色に、哀しみや辛さが内包されるが、その正体は明かされないままであるからだ。
しかし、同じような象徴詩を書く詩人は他にも居て、立原氏がとりわけグラデーションの表現などに長けているかと問われると、私はそうは感じられなかった。
立原氏の詩が、どうして人々の心を柔らかくするのか、もう少し作品を読みこむ必要がありそうだ。

《引用・参考》
青空文庫、立原道造『暁と夕の詩』
底本:『立原道造全集 第1卷 詩集Ⅰ』角川書店、1971年
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