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創業者と評論家が1994年に語った『月刊漫画ガロ』(青林堂)の〈30年間の歩み〉

私は『月刊漫画ガロ』(1964~2002年)を新刊で買ったことはありません。新刊書店で見かけたのも一度か二度ぐらい。古本では何冊か買い所有してる。



本稿は前回の続きで、呉 智英くれ ともふさ氏と長井勝一かついち氏のトーク?は、更に伸坊しんぼう氏と渡辺和博氏に続くが、これは1994年9月23日に神奈川県川崎市市民ミュージアムで行われた「ガロ30周年記念シンポジウム」がもとになっているようだ。

ガロ』が「面白おもしろ主義」の発生源? 長井勝一(1921-1996)氏には、漠然と「人望の厚い穏やかな人格者」「好々爺こうこうや」のイメージを持っていたので、亡くなられた後の雑誌の追悼特集号で、『がきデカ』の山上たつひこ氏が長井氏をボロクソに批判していたのがとても意外だった。しかし?長井氏のミニバイオグラフィを見ると、長井氏の「山師」的な性格、波乱万丈な人生がうかがわれ、単なる好人物こうじんぶつというわけでもなさそうだ。そんな「お人好し」では、出版界・漫画界における偉業達成は不可能だったということだろうか。

週刊アサヒグラフ』(朝日新聞社)1994年10月21日号【ガロ風雲録】より。

https://auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/h1155073316


■ 評論家・呉 智英氏の[考察]

_『ガロ』創刊は、一九六四年(※昭和39年)九月号です。実際の発売が七月末、これは発行日と表示が違うという雑誌界の慣行に従ったものです。その三号後から白土三平さんの「カムイ伝」が始まります。ちょうどこの年が
東京オリンピックが開催された年でして、これを機に日本は非常に豊かな時代に入っていく。翌六五年から七〇年にかけては「いざなぎ景気」、戦後の貧しい時代から離陸する、そういう時期にさしかかります。_六六年、『少年マガジン』が瞬間風速で百万部を記録、それに象徴されるように、非常にマンガが盛んになってくる。それまで子どものものとしか思われてなかったものを大学生や社会人が読む時代になってくるわけです。同時に、学生運動や、アングラ演劇ヒッピーブーム、ロック音楽といったものが盛んになり、これが現在のわれわれのさまざまな文化の原型になっています。_その時期が『ガロ』の第一期黄金時代。七一年夏まで続いた「カムイ伝」が『ガロ』の柱になっていたときです。それまで貸本漫画で活躍していた水木しげるさん、小島剛夕さん、少し遅れて、つげ義春さんたちが白土さんを支えるかたちで『ガロ』を支えていました。また、『ガロ』は新人にも積極的に誌面を提供し、林静一佐々木マキつげ忠男さんたちをどんどん採用して、大手雑誌ではやれないような企画を次々に行うわけです。_「カムイ伝」終了(※1971年=昭和46年)のころから『ガロ』の様子がちょっと変わってきます。大きな柱がなくなり、毎号「次回どうなるのか」という期待をもたせられなくなる。営業的な観点でいえば次への“引き”がなくなり、苦しくなるわけですね。誌面としてもスペースができます。そこに新人のマンガ家たちがどっと大量に登場しました。代表的なのが鈴木翁二安部慎一古川益三(まんだらけ創業者)さん、この三人を中心とする誌面づくりになります。自分の内面を描く、内向的な作品。私小説のような、ファンタジーのような、そういう作品です。_ところがそれだけですと、何か息詰まるような、暗い感じがして、読者は別のものを求めだす。そのころから南伸坊(※1972年に入社。74年から編集長)さんが編集に携わるようになり、彼の新しい感覚で新しい作家が登場します。嵐山光三郎さんがエッセーを書き、その横で安西水丸さんがイラストやマンガを描く。それから糸井重里さん、湯村輝彦さんらが世の中をからかったような作品(※『ペンギンごはん』1976年~)を描く。これを「面白主義」という言い方でひっくくるのも若干語弊ごへいがあるかと思うんですが、それまでの第一期、すなわち「カムイ伝」のころの社会派、あるいはつげ義春さんが人間の根源にある原罪意識について遡及するような作品を描いたのに比べると、それを茶化す(※冷やかす?パロディにする?)ような、おもしろい作品が出てきます。また、当時は学生運動がもう下火になりだしていました。七二年(※昭和47年)の連合赤軍事件を契機に、そういうものに対してもう一度見直しをする風潮になりまして、それとあいまって、このシニカル(※冷笑的)な笑いが誌面全体を凌駕りょうがするようになってきます。_八〇年代(※終盤はバブル期。序盤は助走期?)に入ると、さらに様子が変わってきます。そういうシニカルなスタンスが商業主義的にも認められだす。七〇年代(※昭和45~54年)は『ガロ』だけだったかと思うのですが、八〇年代(※昭和55年~平成元年)になると一般の大手の雑誌のなかにもそういう作品(※冷笑的な面白主義?)が現れます。七七年(※昭和52年)にいわゆるヤング誌、『ヤングマガジン』『ヤングジャンプ』が創刊され、年齢層に応じたきめ細かい雑誌が出始める。そのため、それまで一部の人にしかウケなかった作品も載せられるようになり、一般商業誌と『ガロ』の執筆者がかなり重なってくる。場合によっては、『ガロ』にちょっと登場するとすぐに大手の方に移籍するということが見られる。あるいは、ひと昔前でしたら『ガロ』でしか登場できなかったような人が最初から大手雑誌に出る。一例をあげますと、現在(※1994年)『モーニング』(※講談社の漫画雑誌)で成功している青木雄二さんの「ナニワ金融道」。あの絵にしろ、物語にしろ、七〇年代でしたら『ガロ』でなくては載せられなかったと思うんですが、そういう作家が八〇年代、九〇年代になると最初から大手雑誌に出てくる。『ガロ』的なものがはみ出したともいえるし、『ガロ』の方に大手が侵食してきたともいえる。_おさらいになりますが、『ガロ』の果たした役割が、時代によって少しずつ変わってきている。少部数であって社会に認められるものをすくいあげる、拾いあげる、という役割では変わっていませんが、社会の変化に応じてその意味が少しずつ変わってきた。だいたいそれが『ガロ』の三十年の歴史(※1964~94年)に三期くらいに分けられるのではないかと思います。


よく意味を理解できていない「面白主義」という言葉を初めて目にしたのは
10代の頃から購読していたエロ本に連載を持っていた青山正明(1960-2001)氏の肉新聞フレッシュペーパーでだった。多分1980年代の後半か、90年代の前半だったと思います。内容は、少しややこしいですが【えのきどいちろう(1959-)の面白主義的な発言?を橋本 治(1948-2019)が手厳しく批判したと浅羽通明あさばみちあき(1959-)が伝えた】というもの。浅羽氏の文章?は未確認ですが、もしかしたらニューズレター「流行神はやりがみ」に掲載されたものかもしれない。浅羽氏は「橋本 治の〈戦後民主主義〉と呉 智英の〈封建主義〉の二者択一なら、迷うけれどギリギリの所で後者を選ぶ」というようなことを書いていたぐらい橋本に畏敬の念を持っている方なので、この場合は「面白主義批判」?の立場だと思います。で、青山氏はその流れに乗りつつ「知・情・意」の三つが揃うのが大事だと説教口調で講釈を垂れてましたが、最後に批判されているえのきど氏に向けて「橋本治の顔面のユニークさについて飲みながら語り合おう」と呼びかけていたと記憶。「面白主義」という概念がよくわかっていませんが、最近?は「価値相対主義」「冷笑主義」と関連付けて一部?で批判されているらしい。「鬼畜系」と結びつけたり?とか。「鬼畜系」といえば、『危ない1号』刊行後に、月刊誌『宝島30』の書評で宮崎哲弥氏が批判していました。

検索してヒットした関連しそうな記事。「サブカルの冷笑主義」への批判?
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かつてのサブカル・キッズたちへ~時代は変わった。誤りを認め、謝罪し、おずおずとでも“正論”を語ろう(imidas - イミダス)〉https://imidas.jp/josiki/1/?article_id=l-58-268-21-08-g320

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『月刊漫画ガロ』(青林堂)の創刊号 = 「1964年(昭和39年)9月号」の表紙。

https://www.mandarake.co.jp/dir/sby/vin/2024/04/14/vin54-1.html


初めて気づいたけど表紙イラストの右下白土三平氏の署名?がしてある。

大きな「平」の字の下に相合い傘のように小さな「平」の字が二つ並んで「三平」!?


■ 創業者で『ガロ』初代編集長の長井勝一氏の[証言]

_私が『ガロ』を始めたのは、白土三平さんの作品を多くの人に読んでもらいたい、ということからだったんです。そのころは「貸本漫画」の終わりかけの時代で、貸本をつくってもなかなか大勢の人に読んでもらえない。そこで、少しでも多くの人に読んでもらうには“雑誌”がいいのではないだろうか、と。白土さんの方も、自分の作品はもう少し読んでもらえるはずだ、ということで話はまとまったんですけどね、先立つカネがない。私、それまで病気したりして無一文に近い状態だったもんで、三平氏が「サスケ」の印税いらないからそれで雑誌を出せ、と言ってくれた。『ガロ』をやる前、「サスケ」を単行本で出していて、三平さんの作品は貸本でもトップだったんです。一冊出すと二十万円くらいたまった。百万もあれば出版なんて自由にできた時代ですからね。今(※1994年=平成5年)とたいへん違うもんで、一年後、では始めようということになった。_創刊号は八千部刷った。取次の東販、日販が千五百部ずつ、貸本屋さんの組合で五千部というかたちにしました。貸本業界というのはありがたいことに、雑誌を入れればお金をくれたんですね。ところが取次は、月刊誌だと四月目に勘定をくれるんです。一号出しても一銭にもならない。四号目に初めて一号目のお金がもらえるわけです。貸本漫画の人たちが応援してくれて、半年くらいたつとかなり読者が増えて、それから毎月何千部という単位で部数を増やしていけるようになったんですけど。ただ部数を増やすといってもお金がかかるんですよ。取次が、よく売れるからと、今まで千五百だったのを「三千だ、五千だ」「一万だ、二万だ」ってなっていくとそれだけお金が寝ていくわけです。だからそうは増やすことはできない。結局、八万部近くまで増やしていったけど、その一番いいときに資本があればうちも中クラスの出版社にはなったと思うんですが。_原稿料も最初は払ってたんですよ。なんか「青林堂は原稿料が出ない」というんで有名ですけど……現実に出ないんですが(笑い)、当時は払えたんですね。最初、ページ八百円で、そのうち千五百円までは払うようになったんです。時間はかかりましたけど、部数も順調に伸びていって、その一番いいころに、三平さんが「(連載を)休む」と言いだしたんです。「どのくらい休むんだ」と聞いたら「一年くらいで大丈夫だ。それくらいは長井さんやっていけるだろう」と。こっちも「ああ、おかげさまで売れているから心配ないよ」。で、半年たち、一年たって「どうだろうか」というと、「いや、まだまとまらない」。「カムイ伝」第一部は、ご本人にしてみれば失敗作だったわけです。(私が)せっついたんで狂ったというんだけど、その時代(※1964~1971年。熱い政治の季節?)の社会の流れに彼も流されたと思うんですよね。それから主人公(※被差別部落出身の設定)にも流された。だから、そういう間違いは今度はやりたくないっていうので、「もう少し待ちますよ」と。それが一年、二年、三年……。そのころには三平さんも自分のスタッフの生活費を稼がにゃならんから『少年サンデー』『少年マガジン』とかに書いて、なんか悪いなあと思いながら毎日の生活に流されるというようなことだったらしいですね。結局、お互いに遠慮しあって、とうとうやらなくなっちゃった。_世の中変わりましたから、ぼくの方も「カムイ伝」をやらなくても何とかやっていけると思ってたんですけど、なかなかそうもいかなかった。三平さんばかりでなくて、水木しげるさんも一生懸命やってくださったし、つげ義春、楠勝平滝田ゆうさんとか、いろいろな方ね。当時の新人では、林静一、佐々木マキ、勝又進さんたちがやってくれるようになっていて、まあまあもっていたんですがね。でも、毎月毎月、部数は千、二千と確実に下がっていきました。_『ガロ』が原稿料払えたら、もっともっといいマンガ家が世の中に出たと思うんですよ。やっぱり腰が折れちゃうというか。親、兄弟みんなから「いつまでそんなお金にならないことやっているんだ」って言われるわけですから、そうとう自信持っている人でも気落ちしてしまう。だけど、ぼくなりには一生懸命やったつもりです。頑張ったほうがいい人もいるし、頑張ってダメになった人もいるわけで、よく「頑張れば何とかなるよ」っていいますけど、人間には運、不運がありますから、あんまり頑張るのもどうかと思うんですがね(笑い)。こっちが「あんたもっと頑張ったら」っていったって、「じゃ生活どうしてくれる」っていわれれば、どうしようもないですからね。(頑張れと)言えないで残念に思って、今ごろになって寝ながら、「あの人もったいなかったな」「あの人どうしてるかな」っていう思いはありますね。


高野慎三氏が長井氏との出会いや、貸本漫画に関する実体験を記した文章。


体験してないし知識もない「政治の季節」で検索してヒットした上位3件。

1970年代における「若者」表象の研究――政治の季節と大衆消費社会のはざまで  富永 京子(助成先・報告一覧 研究助成 サントリー文化財団)〉
https://www.suntory.co.jp/sfnd/research/detail/2019_121.html

↑は「面白主義」「ノンポリ(脱・政治主義?」関連? ↓の本(未読)が成果?


アイキャッチに使用の『ガロ』創刊30周年記念号(1994年9月)。私は未読

https://order.mandarake.co.jp/order/detailPage/item?itemCode=1247340145


コレも未読⇒『『ガロ』に人生を捧げた男 ― 全身編集者の告白』(2021年)


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