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【大阪・四天王寺】大阪の国宝に会いに大阪市立美術館へ〜大阪・国宝展、四天王寺

大阪市立美術館にて開かれている「国宝展」に行ってきました

志賀島で発見された「金印」が今回の展示の目玉なのかな?
刀剣乱舞に実装されている、七星剣・丙子椒林剣・太閤左文字の三振も「大阪ゆかりの品」として展示されているとのことだったので、ワクワクしながら行ってきました


とはいえせっかくなので、天王寺近辺を回ってみます

新世界


まずはこちらにやってきました「新世界」
通天閣と新世界の独特な通りが似合うねぇ、太閤くん

コミカルな世界観の街だなー
そして串カツ屋さんがたくさん
大阪の串カツも美味しそうだねー

元々はネギ畑の多い今宮村だったそうですが、
明治から娯楽施設ができ始め、内国勧業博覧会が開催されと発展したようです
その後も遊園地・ルナパークができたり、映画館が何軒もできたりと本当に活気のある「遊び」の町だったみたいですね
なんでどこの串カツ屋さんも建物でっかいんだ?と思ったけど、もとは映画館とかだったというから納得

ただ今回朝早かったので、お店はどこも営業しておらず
夜の方が雰囲気出てるのかもしれませんが、また今度ですね

安井天満宮


さらに通天閣の方から四天王寺に向かう途中にあるのが「安井天満宮」
こちらは真田幸村の最期の場所とされているところです

少彦名神(すくなひこなのかみ)、菅原道真を祀る古社です。昌泰4年(901)菅原道真が太宰府に左遷された際、河内の道明寺にいた伯母の覚寿尼を訪ねて行く途中、ここへ立ち寄って安井(休憩)しました。当時、道真に同情した村人がおこしを差し上げると、お礼にと菅原家の紋所「梅鉢」をもらいました。これが、今でも大阪名物の「粟おこし」の商標の梅鉢となったといわれています。

https://osaka-info.jp/spot/yasuijinja/


境内には真田幸村の像がありました
ちなみに大坂夏の陣の真田丸はもうちょっと北の玉造駅付近、
「道明寺の戦い」の場は応神天皇陵のあるエリアになるとのこと


この道明寺の戦いを再現した催しが、宮城県白石市で毎年10月に行われている「鬼小十郎まつり」

片倉小十郎重長と真田幸村の対決から、真田幸村の子供達を託されるまでが演じられます

乱戦での一騎打ちの様子
片倉重長へ引き渡される真田幸村の娘・阿梅姫

この翌日の「天王寺口・岡山の戦い」で真田幸村は戦死します
その戦死した場所がここ、安井神社の境内になるというわけですね

引用:https://ja.m.wikipedia.org/wiki/天王寺・岡山の戦い

ちなみに5/5には「幸村まつり」が行われているとのこと
ちょうどいいタイミングで来ることができました

四天王寺


さらに東側に進むと…四天王寺に到着
今回、コラボでパネルが置かれているのはこちらになります

四天王寺は、推古天皇元年(593)に建立されました。今から1400年以上も前のことです。『日本書紀』の伝えるところでは、物部守屋と蘇我馬子の合戦の折り、崇仏派の蘇我氏についた聖徳太子が形勢の不利を打開するために、自ら四天王像を彫りもし、この戦いに勝利したら、四天王を安置する寺院を建立しこの世の全ての人々を救済する」と誓願され、勝利の後その誓いを果すために、建立されました。

https://shitennoji.movo.jp/history.html

ちなみに四天王寺の特徴ってなんだろう?
歴史、建物、文化、社会的側面からまとめてみました

日本初の仏教寺院:仏教公伝(538年または552年)後、蘇我氏と物部氏の争いの中で聖徳太子が建立。日本の仏教文化の礎となった寺院
593年に建立されてから、日本仏教の草分けとして1400年以上の歴史を持つ。聖徳太子の「四箇院の制」により、国家鎮護の寺として創建された

建築様式:伽藍配置は「四天王寺式伽藍」と呼ばれ、南から北へ中門・五重塔・金堂・講堂が一直線に並ぶ独特のスタイル。これは古代の朝鮮半島の影響を受けたもの。

文化財:国宝や重要文化財の仏像や宝物が多数所蔵。特に、聖徳太子ゆかりの品や飛鳥時代の美術品は貴重。

社会福祉の先駆け:聖徳太子が設けた「四箇院」(敬田院、施薬院、療病院、悲田院)は、寺院が医療や福祉の役割を果たした日本初の例。

年中行事:毎月21・22日の縁日や、4月の「聖霊会(しょうりょうえ)」など、伝統的な行事が盛大に行われ、庶民信仰の中心地でもある。

なるほど〜
有名なところほど、知っているようでなかなか詳しくは知らないもんだなー
今も医療・福祉事業の理念は、四天王寺福祉事業団に引き継がれているようですね
世の中は変われど、聖徳太子の国を思う理念が1400年も続いてるのはいいことですね

またこの日は境内で古本市が開かれていたようで、たくさんのテントが並んでいました
面白そうな本がたくさんあるなあ…

先ほど建物の特徴でも紹介しましたが、中央伽藍には「四天王寺式伽藍配置」で建物が一直線に並んでいます

その伽藍配置は「四天王寺式伽藍配置」といわれ、南から北へ向かって中門、五重塔、金堂、講堂を一直線に並べ、それを回廊が囲む形式で、日本では最も古い建築様式の一つです。その源流は中国や朝鮮半島に見られ、6~7世紀の大陸の様式を今日に伝える貴重な建築様式とされています。

https://shitennoji.movo.jp/history.html
中心伽藍の五重塔と中門
五重塔と金堂
その奥に構堂が見えます

そもそもお寺の建物の配置方法って他に何があるの?と思って調べてみました

【法隆寺式(左)】
法隆寺では塔と金堂が並列に配置されています。この変化は、仏像が置かれる金堂も一緒に見わたせるようにするためです。さらにこの後、金堂が伽藍(がらん)配置の中心になるように変化していくことになります。

【四天王寺式(右)】
仏像がなく塔のみが礼拝の対象であった、大陸の伽藍配置を残すのが四天王寺です。門からすぐのところに塔が立ち、その後ろに金堂があります。日本最初の寺院、飛鳥寺も同様に、塔と金堂が一直線に並んで建てられています。

https://discoverjapan-web.com/article/1964
引用:https://discoverjapan-web.com/article/1964

なるほど、古墳時代に建てられたお寺の伽藍配置はこのような種類があるんですね
ちょっと違うけど、多賀城の多賀城廃寺や、秋田城の四天王寺などは法隆寺式に似てるなあ
多賀城や秋田城は奈良時代の建物なので、四天王寺や法隆寺からみたら100年以上新しい時代のお寺になりますね

四天王寺式の伽藍は、奈良県の法隆寺・若草伽藍跡や福岡県の椿市廃寺跡がそれに当たるようです
法隆寺式の伽藍配置である法隆寺も、最初の建物跡が一列に並んでいたのか…
となると、四天王寺の様式はよほど古い建築様式になるんですね


また四天王寺には、多くの国宝や重要文化財があります
今回の国宝展でも展示されている「扇面法華経冊子 法華経巻第一・法華経巻第六」や
聖徳太子が所持した「懸守」、
後醍醐天皇宸筆の「四天王寺縁起 根本本」など
貴重な文化財があります

扇面法華経冊子、展示の解説にありましたが、特に仏教や法華経に関わる絵が書いてあるわけではないそうで…当時の貴族や庶民の姿が描かれているそう
そうなんだ…逆に関係ないとなるとそれも不思議ですが

●林家舞楽

さらに、四天王寺は遠い東北の地にも文化を伝えています
四天王寺に伝わる国の重要無形文化財に指定されている「天王寺舞楽(聖霊会の舞楽)」
これが平安時代にはるばる東北の地にやってきます

「閑さや岩にしみ入る蝉の声」の芭蕉の句で有名な山寺立石寺
立石寺を開山した慈覚大師が東北にやってきた際に、随行した四天王寺の楽人・林越前守政照が山寺にて舞楽を奉納しました

山寺は、正しくは宝珠山立石寺といい、貞観2年(860)清和天皇の勅願のよって慈覚大師が開いた、天台宗のお山。正面の大きな建物は、国指定重要文化財の根本中堂である。延文元年(1356)初代山形城主・斯波兼頼が再建した、入母屋造・5間4面の建物で、ブナ材の建築物では日本最古といわれ、天台宗仏教道場の形式がよく保存されている。堂内には、慈覚大師作と伝える木造薬師如来坐像が安置され、伝教大師が比叡山に灯した灯を立石寺に分けたものを、織田信長の焼打で延暦寺を再建したときには逆に立石寺から分けたという、不滅の法灯を拝することができる。

https://www.yamaderakankou.com/origin/index.html

その後、山形県河北町にある谷地八幡宮に「林家舞楽」が代々伝わるようになったそう
今でも9月中旬の例大祭では舞楽が奉納されるそうです

【国指定重要無形民俗文化財】
 林家は天王寺楽人林家舞楽の後裔で林越前政照を祖とし、貞観2年(860年)慈覚大師円仁に従い、山寺立石寺に移り住んで以来、代々根本中堂に舞楽を奉納してきたといわれています。現在9月中旬の谷地八幡宮の大祭で2日間11番全曲を演じるほか、5月5日には寒河江市慈恩寺の一切経会にて、山門楼上で舞われています。

https://www.yamagata-takara.com/folkart/61th-minzokugeinou/hayashiya-kahoku

また、谷地八幡宮は現在奈良県で活躍している月山刀鍛治にも縁のあるところとなります
鎌倉〜室町まで月山鍛治の主産地であり、現在も八幡宮やその他県内の神社や博物館に月山派の刀剣が所蔵されているそうです

はるばる大阪・四天王寺から舞楽が伝わったところから、今度は奈良県にこれまたはるばる刀鍛冶の技術や職人が移住したというのは不思議なものですね

https://www.yachihachimangu.jp/goyuisho

刀剣男士のパネルはお守りなども扱っている休憩所にありました

ホワイトボードには二振の剣の解説がありました
四天王のパネル
こちらは「聖徳太子カルタ」の絵柄みたいですね
持ち物で多聞天(宝塔)、広目天(筆や巻物)はわかるけど…鉾と剣持ってるのはどっちが持国天でどっちが増長天なんだろう?

星宿信仰、妙見菩薩とか妙見信仰と同じような感じかな?
北極星や北斗七星を宇宙の中心の神と考えた星の信仰とのこと
相馬野馬追で知られる相馬氏の氏神でもあり、相馬氏ゆかりの地・千葉県の千葉神社が妙見信仰の神社のようです

とはいえ妙見信仰の神社もお寺もあるようなので、日本では神道でも仏教にも取り入れられているのかな?
こういうところが日本人の柔軟なところとも言えるのかもしれませんね

さっそく御朱印とお守りいただいてきました
こちらのお守り、四天王寺所蔵の国宝「懸守」の一つをモチーフにしたもののようでとても可愛らしいです
こちらは聖徳太子のものではなく、平安時代の貴族に奉納されたもののようですが…よくきれいに残ってたなあ

蘇利古は山形の林家舞楽には登場するのかな?「安摩・二の舞」はあるようですが…見たことないとわからんな
とりあえず、珍しいな〜と思ってハンカチも買ってきました
いつか実際の舞楽を見れるといいなあ

大阪市立美術館


さて予約時間になったので、いよいよ国宝展が開催されている大阪市立美術館へ

雰囲気ある建物だな〜

●美術館周辺

もともとここは茶臼山古墳という古墳があった場所みたいですね
大阪冬の陣が徳川家康が本陣を、大阪夏の陣では真田幸村が陣を敷いたことでも知られています

池を挟んで美術館の北側になるんですね〜
こんな街中なんだ
…というか横の統国寺にベルリンの壁の一部もあるぞ?
すごいな、大阪

大阪市立美術館の位置する茶臼山一帯は、もとは住友家の本邸のあった場所である。古くは大坂冬の陣で徳川家康が、夏の陣では真田幸村が陣を構えた場所としても知られるが、明治以降、住友15代家長の友純(春翠)が用地の買収を進め、大正4年(1915年)に本邸を移転、続いて大正7年には、近代庭園の第一人者、七代目小川治兵衛(植治)の手になる「慶沢園」も完成した。

その後は住友財閥の本邸となっていたようですが、1921年・大正10年に大阪市立美術館の建設予定地として寄贈したそうです
お庭も含めてかなりの規模ですね

●旧黒田藩蔵屋敷長屋門

ちなみに駅側には、旧黒田藩蔵屋敷長屋門があります
こちらは元々中之島三井ビル付近にあった黒田藩の蔵屋敷の長屋門のようです

学校のテストでも必ず出てきましたが…
大阪の「天下の台所」の象徴のようなものがこの蔵屋敷
全国各地からあつまってくる各大名の年貢を保管しておくところが蔵屋敷ですが…中之島にはこんな立派な門をもつ蔵屋敷がたくさん立ち並んでいたんだね〜

中之島付近の蔵屋敷跡
めっちゃ蔵屋敷跡ある
飛行機からみた大阪港の様子
中之島も通る大川・淀川や木津川が流れ込む河口付近になります
水運の発達や西廻り海運の整備で江戸時代には経済の中心になった、というのがよくわかる地形ですね

さて話は、今回のメインの国宝展へ
展示の構成は下記のようになっておりました

I.ニッポンの国宝ー美の歴史をたどる
 1 日本美術の巨匠たち
 2 いにしえの文化きらきらし
 3 祈りのかたち
 4 優雅なる日本の書
 5 和と漢
 6 サムライ・アート
Ⅱ.おおさかゆかりの国宝
 大阪の歴史と文化
日本の美を未来へー紡ぐプロジェクト
特殊展示 皇居三の丸尚蔵館収蔵品にみる万博の時代

2階の第一会場から見ていきます
1階の第二会場→第三会場へ
第三会場の部屋には中央に金印が展示されていました
展示室外まで長蛇の列ができ、金印まで30分ほどかかりました

それでは展示されていた品の一部を
Xのポストなどお借りしながら紹介したいきます

大阪に縁のある国宝など初めてみる国宝もたくさんありましたが、
今まで各地の博物館美術館で見ることができた国宝や、東京国立博物館の特別展で出会った国宝にもまた会うことができました

●舟橋蒔絵硯箱

東博の「本阿弥光悦の大宇宙」展でも展示されていた舟橋蒔絵硯箱
会場にいる人たちにも、やっぱりこの個性的なフォルムが「面白いねー」と注目されていました
また蓋に書かれた葦手文字も「あ、なんか書かれてるよ」となんと書いてあるのか気になって読む方も多かったです
今現代の人からみてもやっぱり魅力的なデザインなんですね


●孔雀明王像

こちらも東博からきた国宝
平安時代に書かれたものですが、仁和寺にあった作例と似通っているものの、左手に柘榴を持っているところがちょっと違うのだそう
見比べてみると構図は似ておりますが、確かに色の華やかさや表情の穏やかさなんかがちょっと違いますね

※参照:仁和寺の国宝「孔雀明王像」

引用:https://ninnaji.jp/about_culturalassets/picture/


また、京都の神護寺の「釈迦如来像」や、奈良の春日大社の「蒔絵琴」に「沃懸地獅子文毛抜形太刀」、薬師寺の「薬師寺東塔水煙」など、関西の寺社仏閣の国宝もたくさんありました
教科書で聞いたことあるようなお寺の国宝がたくさんあるなあ

●釈迦如来像

東博で開催された「神護寺展」
こちらでも展示されていた「赤釈迦」こと、京都の神護寺所蔵の釈迦如来像
このきれいな赤、水銀の赤なんですね…へえ〜
マヤ文明やインカ帝国でも貴重な色として使われていたものの…毒性も強いんだよなあ
魅力的だけど危険な色ですね

●色絵雉香炉

また2023年「いしかわ百万石文化祭2023」にて、前田藤四郎や大典太光世、冨田江が展示された金沢の石川県立美術館にいつも展示されている「色絵雉香炉」もこちらに出張しておりました
また会えて嬉しいなあ


●沃懸地獅子文毛抜形太刀

春日大社の天井裏から発見されたという太刀
よくそんなところにあったなあ〜
獅子の絵がかわいいね
毛抜形太刀というけれど…持ち手の部分は毛抜形太刀風に柄が作られているものなのか〜

春日大社のもう一つの国宝・毛抜形太刀といいえば「金地螺鈿毛抜形太刀」
今回の特別展には展示されておらず…
奈良県の奈良国立博物館の方の「超国宝」展のほうに出ていたみたいですね
こちらは猫ちゃんがかわいい


●蒔絵箏

こちらも春日大社の国宝
オリジナルと一緒に復元された品が参考出品されています
オリジナルの方も十分きれいなのですが、復元は漆もしっかり塗られていて当時の美しさが再現されていて違いがよくわかります
こりゃあ豪華な箏だなあ〜


●薬師寺東塔 水煙

こちらは今回唯一撮影OKだった展示品
SNSでもたくさんの人が投稿していました

これなんなんだ〜?と思ったら東大寺の東塔のてっぺんにある飾りなんですね
へえ〜こんな高いところにある飾りなんてなかなか見る機会ないからなー

薬師寺東塔の水煙は、国宝である東塔の相輪(そうりん)の一部で、雷や火災から塔を守るための装飾です。東西南北に4枚あり、それぞれに24人の飛天が透かし彫りで表現されています。この飛天の姿は、まるで音楽が凍結したかのように美しいと評され、フェノロサによって「凍れる音楽」と称されました

「凍れる音楽」とはまた素敵な呼び方
東京国立博物館の東洋館に展示されている「揺銭樹」のような感じで独特の雰囲気が似ていますね
時代は全然違いますが、デザインというか形に似た雰囲気を感じます


第二会場の最後、大阪ゆかりの国宝エリアには、先ほど行った四天王寺所蔵の「七星剣」「丙子椒林剣」、そして豊臣秀吉に関わる「短刀 銘左/筑州住(号じゅらく(太閤左文字))が展示されていました

時代も持ち主も違えど、ここ大阪に縁のある刀剣三振とも国宝指定されているっていうのはやっぱりすごいですね

この他にも「太刀 銘 久宗」や「太刀 銘 則房」などの名刀が、サムライ・アートのエリアに展示されていました
これも全部国宝
日本中の国宝だらけの空間ってほんと贅沢やな


●紡ぐプロジェクト

また、これらの貴重な文化財を守り次代に伝えて行く取り組みも紹介されていました

「日本美を守り伝える『紡ぐプロジェクト』−皇室の至宝・国宝プロジェクト−」は、皇室ゆかりの美術工芸品や国宝・重要文化財など、日本の美を未来へ伝え、世界へ発信していくために、文化庁、宮内庁、読売新聞社が官民連携で取り組む事業で、2018年11月に発表しました。

特別展覧会の開催、日本美術・文化の魅力を内外に発信するポータルサイトの運営、文化財修理と言った事業に特別協賛・協賛企業の協力を得ながら取り組みます。展覧会などの収益の一部は、貴重な文化財の修理に充て、文化財の「保存・修理・公開」のサイクルを永続させる仕組みを作っていきます。

https://tsumugu.yomiuri.co.jp/about/

紡ぐプロジェクトのエリアでは、プロジェクトによって復元・補修がされた国宝が展示されていました

●越州都督府過所、尚書省司門過所

その一つが、この間お花見にいった滋賀の三井寺が所有する国宝
中興の祖・智証大師が中国に留学した際の「越州都督府過所、尚書省司門過所」
いわゆる当時・唐の時代のパスポート
昨年の大津市歴史博物館では、レプリカですが展示があり解説パンフレットまであったようです…
うーん…その解説パンフレットが欲しい…


●日本貴紳殿舎計画図 二層楼南面、三層閣南面

また昔の万博に展示された作品もありました
「日本貴紳殿舎計画図 二層楼南面、三層閣南面」

引用:https://tsumugu.yomiuri.co.jp/feature/banpaku-cultural-assets-paris-2505/

いろんな時代の建築様式が一つに集約している建物です
平安時代の寝殿造の欄干や蔀戸の部分があれば、書院造の付け書院っぽい窓や障子があったり、渡り廊下は中華風なのか奈良時代の回廊風なのか…
屋根も2階建ての方は神社の本殿のようなのに、3階建の方は茅葺っぽい屋根だったり
一つで日本の建物の特徴が全部わかる面白い図面
夢がある建物だなー


●金印

さて…今回の展示の一番注目の品が「金印」
第三会場の一部屋に「土偶(縄文のビーナス)」とともに貸切状態で展示されていました

…いやものすごい列!!!!!!
特集展示〜彫刻の部屋から、中央ホールまでずらーっと並んでいました
教科書でもお馴染みで誰もが知っている国宝ですからね〜そりゃみんな見たいわー

金印見学の長ーい列

30分並んでやっとご対面
福岡で見た時も思ったより小さめだと思いましたが…
みなさんやっぱりそう思ってたようで、あちこちから「え?こんな小さいの?」「もっと大きいのかと思った」と言った声が上がっていました
確かに、教科書で見た感じだと、もっとどーんと存在感あるイメージですよね

立ち止まらず歩きながら見る感じで、金印エリア終了
できれば福岡市博物館に行けるのであれば、そちらの方がいいかも
常設展にいつも展示されているため、ゆっくり見ることができます

最後に金印ストラップをゲットしました
かなりの人気商品だったようです
まあそうだよねえ〜

ちゃんとスタンプとしても押せそうなぐらい、しっかりしています
実際に朱肉つけてスタンプしてみた方もいたようですが、本当にハンコとして使えるレベルだそう

まあ実際には、文書や荷物を封じた粘土に押す、いわゆるシーリングスタンプタイプだったみたいです
こういう情報も教科書では知ることないんですよね
博物館や美術館の展示や解説で「へえ〜そうなんだ〜」と思うことが多いので、本当に美術館博物館で見られる機会があるのはいいことだよなあ


今回は大阪の天王寺付近をちょっとだけでしたが…
観光はもちろん、歴史的にも大阪は面白いところてんこ盛りのエリアなので、またいろんなところに行ってみたいです!!!

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