転シバ 第12話:逃げろアンちゃん!フィアットでGO!
夏の夕暮れに、確かに感じましたの。
わたくしの“記憶”を狙う視線──
かつての追跡者が、また動き出した気配。
家族を守るため、
わたくし……フィアットで逃げますわッ!
その日、津村家の空気は妙に重かった。
風鈴が揺れる廊下、障子の向こうには夏の夕日。だが静けさは破られる。
「……誰か、入ってきた気配がある」
耳をピクリと動かす柴犬アン。
赤いリボンが揺れ、瞳が鋭くなる。
「侵入者だ!ミストレイク級か!?」
天井から逆さに降りてくる忍。
スーツ姿にサーマルゴーグルを装着した元スパイ父が、家の中で空回る。
「これは……CODE-BOWWOWの記憶解析官。クロエかッ!」
直後、扉が開く。
「アン・フランソワ・ド・ジャルジェ。あなたを“再収容”します」
そこに立っていたのは、金髪のスーツ女――クロエ。だが、その目には一瞬、迷いが宿っていた。
「逃げるでアンちゃん!出動やッ!!」
忍の号令と同時に、床下のスイッチが作動。
家の裏から黄色いフィアットがせり上がる。
「これは柴犬用フィアット。肉球センサーと骨型ハンドル付きや!」
「どういう改造よォォ!?」
あいこのツッコミをよそに、アンちゃんが運転席へ。
「馬車の次はフィアットですわ!」
肉球でキーを回し、アンちゃんの運転で発進!
助手席にあいこ、後部座席に忍が乗り込む。
「まって!犬に運転させてんの!?」
「補助ナビはドローンや!」
忍のノートPCから飛び出すサポートドローン。
操作をサポートしながら、最も愉快で最も異常なカーチェイスが始まった。

黒のプジョーが追う。
クロエの手がハンドルを握る。
「ターゲット:柴犬一体、人間二名。逃走許可せず」
高速道路から山道へ。
アンちゃんのフィアットが、崖っぷちを疾走!
「アンちゃん、右!今や!」
「了解ですわ!」
忍の操作で、フィアットの後部から“魚肉ソーセージ砲”が発射される。
「ちょっ、何その武器!? 食べ物やん!」
「敵の追跡を妨害しつつ、野犬にも優しい仕様や!」
クロエのプジョーは急ハンドルで回避。
だがその横顔がふと緩む。
(あの犬……笑ってた。あの時も、あの子も)
かつてクロエが保護していた“記憶保持個体”の姿と、アンちゃんが重なっていた。
「なのに私は……守れなかった」
任務と感情が、クロエの中でせめぎ合う。

その時、アンちゃんが岩を跳び台にジャンプ!
「飛びますわァァアアアア!!」
「飛ぶなァァアアアア!!!」
崖を越えて空中を舞うフィアット。
その中で忍はポーズを決め、あいこは絶叫。
川岸にドスンと着地。
フィアットは砂煙を巻き上げて停止。

クロエのプジョーは坂の手前で停車。
彼女はそっと目を閉じる。
「……Ω、回収失敗。ターゲットは見失った」
通信装置に報告しながらも、その声はどこか震えていた。
車内では、アンちゃんが静かに呟く。
「家族を守る。それが、わたくしの誇りですわ」
あいこが振り返り、アンの横顔を見る。
「……アンちゃん」
「ただし、さっきは逆走してましたわ。ブレーキとアクセル、未だ混同気味ですの」
「気をつけてぇぇぇ!!」
忍が唐突に重い口を開く。
「やはり“C-0X計画”の残党か……」
「だからパパ、それ伏線くさいセリフやめて!」
通信機からの声が続く。
『オペレーターΩより報告:クロエ、任務より離脱。コード変更を要請』

クロエの手の中にあるペンダントには、かつての犬との写真。
「もう、誰にも奪わせない。記憶も、心も」
空を見上げるその瞳には、かすかに希望の色が差していた。
金剛山のふもと、夏の夕焼け。
逃走用フィアットと柴犬と、元スパイと中学生のツッコミが織りなす逃走劇は、こうして幕を下ろした。
だが――
新たな戦いは、すぐそこまで迫っていた。
To Be Continued…
