転シバ 第11話:パパが本当に危ない!?
今朝、金剛山の風が……ほんの少しだけ、冷たく感じられましたの。
忍のまなざしが、どこか遠くを見つめているようで──胸騒ぎが止まりませんでしたわ。
――あの人が“過去”と向き合うなら、わたくしも“家族”として戦いますわ。
金剛山のふもと、大阪の片隅にひっそり佇む津村家。その静寂を破るように、ひとりの男が門をくぐった。
全身黒ずくめのコート、鋭く研ぎ澄まされた目──
「……“クロガネ”!?」
津村 忍が玄関に現れるや、かつての仲間の名を呟いた。
「“あの件”が動いた。お前も……そろそろ表に出ろ」
「……娘の前では、普通にしてくれ。頼む」
忍の表情が一瞬だけ、鋼の仮面のように固くなった。
「お前だけが……生き残ったんだ。あの夜の意味、忘れていないな?」
一瞬の沈黙。忍の手が、小さく震えた。
「あっ、今日はお芋の日やで〜!」
「コードネームが食材!? っていうか誰が決めたのそれ!」
朝食の食卓では、いつものようにボケとツッコミが飛び交っていた。

忍は目玉焼きを焼きながらも、どこか動きがぎこちない。
柴犬・アンちゃんは、その呼吸の乱れを見逃さなかった。
(……この気配……まるで暗殺任務前の、緊張と恐れ……)
「ねぇ、パパ。昨日からちょっと変じゃない?」
あいこが箸を止めて問いかけるも、忍はいつもの笑みでごまかすだけだった。
その日、学校帰りのあいこは、町角で黒いコートの男たちを見かけた。
すれ違いざまに耳にした言葉
「K9部隊、大阪入り確認。目標“C-1”の監視を継続せよ」
(C-1って……なんか聞いたことある……)
家に戻ると、忍は黙って古びた鍵のようなものを見つめていた。
「そろそろ……決着をつけねばな」
その夜、家族には「先に寝ていろ」とだけ告げ、忍は地下倉庫へと消えた。
「……パパ、なんか本当に変じゃない?」
「……この家、何者かに狙われてますわね」
アンちゃんの声に、あいこがごくりと唾を飲み込んだ。
忍が向かったのは、自ら改造した地下倉庫。そこには封印されていた記録──
「C-0X作戦」──かつて自分が失敗した、唯一の任務。
棚の奥に保管されたファイルには、こう記されていた。
「C-0X:転生個体実験管理計画。対象:コードネーム“フランソワ”──記憶保持ペット、再収容失敗」
忍は拳を握りしめる。
「……あの時、俺は……何もできなかった」

暗がりの中、背後に気配が走る。
「……久しぶりだな、忍。あのとき逃がした“あの女”の犬──まだ家族ごっこしてるのか?」
「貴様……K9の残党か……!」
「フランソワを確保するまで、指令は終わらない」
そのとき、アンちゃんが倉庫に飛び込んできた。
「この家に手を出すなら、わたくしが許しませんわ!」
「アンちゃん、来るな!」
「来ますわよ! わたくしたちはもう、家族ですもの!」
アンちゃんの脳裏を、前世の記憶がかすめる。
(あの夜……小さなあの子がわたくしに叫んだ。『だいじょうぶ?』って──震える声と、あの甘いミルクの匂い……)
「お前は、あのとき何もできなかったくせに……今さら守るつもりか?」
敵の言葉が、鋭く心を抉る。
忍は、初めて本音を漏らした。
「俺はもう、誰かを失いたくないんだ……!」
アンはその瞳をまっすぐに見つめる。
「では共に戦いましょう。過去は変えられませんが──未来は変えられますわ!」
「……ああ、相棒。いくぞ!」
作戦開始──

「スモークボーン作戦、開始!」
アンちゃんが投げた特製スモーク入り骨型爆弾が煙幕を張り、忍の指示が飛ぶ。
「アン、カメラ首輪で敵位置をスキャン!」
「了解しましたわッ!」
アンちゃんがダッシュで駆け回り、敵のドローンを犬脳反射で跳ね返す。
「交戦モード、全開ですわァアア!」
倉庫の奥に潜んでいたK9の幹部たちを奇襲。
忍のトラップが炸裂し、アンちゃんのフリスビーアタックが命中。
「Ωの名にかけて……必ずまた戻る……!」
敵の一人が黒煙の中に姿を消す。
作戦終了後、夜のリビング。
「……忍、話してくれてありがとう」
静花の言葉に、忍は照れたようにうなずく。
「お前たちがいるから、俺はまだ……ここにいるんだ」
アンちゃんが、あいこの膝に頭をのせる。
「今度は……わたくしがこの家族を守る番ですわ……家族とは、傷を抱えながらも支え合うもの。わたくし、ようやく理解できましたの」
あいこがほんの少しだけ照れながら、つぶやいた。
「……ま、うちの犬だし。これくらい普通だよね」
その夜。

屋根の上から、黒いコートの少女が見下ろしていた。
「フランソワ……やはり、あなたは特別ね」
その背中が、夜に溶けていく──。
To Be Continued…
