「親にありがたいと思いなさい! 」でも感謝は強制されるものではない
「えらそうに親に口答えするなんて、とんでもない! 誰のおかげでここまで生きてこれたと思ってるの?」
小学校6年生のころだから、12歳だったでしょうか。小言を言う母に一言、二言、口答えをしただけで、そう言われたことがあります。
「親の言うことをよく聞く、素直でいい子だったのに ! 」
思春期に入って自我がめざめたのか、私が親にさからって、自分の意見を言うようになったのが、母には相当ショックだったようです。
うろたえて、激しい言葉を投げつけてきました。
私に対して、こんなに激しい剣幕で怒るとは…
正直、母が怖い、と初めて感じました。
この言葉に、心当たりのある方はいませんか?
「誰のおかげでここまで生きてきたんだ」
「親にありがたいと思いなさい」
一見、正論のように聞こえます。
実際、育ててもらったことへの感謝は、大切なことです。
でも、この言葉には、見過ごされがちな心理的なたくらみが潜んでいます。
今日はこの言葉について、私自身の経験と、最近お会いした方のお話を交えながら書いていきます。
感謝できないあなたがおかしいわけではない
まずお伝えしたいのは、この言葉を投げつけられて、罪悪感や息苦しさを抱えているとしても、それはあなたが恩知らずだからでも、親不孝だからでもないということです。
「誰のおかげでここまで生きてきたんだ」という言葉は、言葉を見ると、感謝をうながしているだけのように思えます。
でも中身をよく見ると、これは感謝を自然に受け取ろうとする言葉ではなく、感謝を強制し、相手を動けなくするための言葉になっています。
本来、感謝は誰かに強制されて生まれるものではありません。
強制された瞬間、それは感謝ではなく、重苦しい義務や負債感に変わってしまいます。
もしあなたが今、親に対して感謝の気持ちを持てず、そのことに罪悪感を抱いているとしたら、おかしいのはあなたではなく、感謝を強制する側の問題なのです。
やることなすこと、けなされ続けると
この言葉を繰り返し投げつけられると、何が起きるか。
最近、ある50代の女性の方とお話をする機会がありました。
その方は独身で、今も年老いたお母様と同居されています。
自分のやりたいことをやろうとしたり、「一人暮らしをしたい」と伝えたりすると、必ずお母様に反対されて激しい口論になる。
そして、最後はお約束のように、
「誰のおかげでここまで生きてきたんだ !」
「親にありがたいと思え !」
というお母様の暴言で、コミュニケーションが断ち切られるとのことでした。
やりたいことを口にするたびに、全部けなされる。
さらに、親への感謝を強いられる。
そうしたことが続くうちに、その方は次第にやる気を失っていったといいます。
楽しく人生を生きていきたいという気持ちそのものが、持てなくなっていったのだそうです。
これは決して珍しいケースではありません。自分の意思で何かを選ぼうとするたびに否定され続けると、人はやがて「選ぶこと」自体をやめてしまいます。
それは弱さではなく、繰り返される否定に対する、ごく自然な防衛の結果です。
毒親の縛りがもたらす三つの感情
アメリカの心理療法家スーザン・フォワードさんは、「毒親(Toxic Parents)」という概念・言葉を、世界的に広めるきっかけを作りました。その方が、こうした心理的な縛りには、恐れ、義務感、罪悪感という三つの感情が働いていると説明しています。
「誰のおかげでここまで生きてきたんだ。親にありがたいと思え」という言葉は、まさにこの三つを同時に刺激します。
「このまま自立したら、親に捨てられるかもしれない」という恐れ
「育ててもらった恩は返さなければ」という義務感
「感謝できない自分は薄情だ」という罪悪感
この三つに絡まってしまうと、人は身動きが取れなくなります。
もちろん、育ててもらったことへの感謝が間違っているわけではありません。
問題は、その感謝が強制によって作り出されようとしている点にあります。
感謝は、自由とともに生まれる
では、親への感謝の気持ちは、本来どのように生まれるものなのでしょうか。
今まで数多くのクライアント様にお会いしてきて、私はこう思います。
親への感謝は強制されて生まれるものではなく、
子どもが自分の意思で自由に羽ばたいていき、
自分で自分の人生を楽しく生きられるようになったときに、
初めて自然に湧きあがってくるものではないでしょうか。
そして、
先ほどの女性のケースについて、私はもう一つ感じたことがあります。
そのお母様は、離れていこうとする娘に対して、寂しさや孤独感、「見捨てられるのではないか」という危機感を抱いていたのではないでしょうか。
その不安があるからこそ、感謝を強く求める言葉で、娘にすがりついているように私には感じられました。
だからといって、子どもの側が罪悪感を持つ必要はありません。
子どもが自分の人生を自分で切り拓き、親から離れて生きていくことは、
罪でも何でもなく、法によって守られている権利であり、自然の理(ことわり)です 。
親に寂しさや孤独感があるのも当たり前のことですが、それに対して子どもが罪悪感を持つ必要はないのです。
子どもは、子ども自身の人生に、100%の責任をもって生きていけばよいのです。そして、
親の人生に責任を持つ必要はありません。なぜなら、
親の人生は、親自身が、100%の責任をもって生きていけばよいからです。
ただ、
「親も、寂しさをかかえる一人の人間なのだ」
という理解が心の片隅にでもあれば、
たとえ今すぐではなくても、いつの日か、人生を先に生きてきた人への
いたわりと感謝が、子どもの心にあふれていくのだと思います。
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