「親として恥ずかしい」—その一言が、子どもの人生を縛る
ちゃんとしなきゃ。
ちゃんとしないといけないのに。
そんな声が、頭の中から消えない人がいます。
実はその声は、
子どものころ、親から何度も聞かされた
「親として恥ずかしい」
という言葉から始まっていることがあります。
そして、
自分だけでなく、自分の子どもや、職場の部下や後輩にもきびしく、
「ちゃんとしろよ」
と小言を言ってしまう人を、私は何人も知っています。
「あなたがちゃんとしていないから、お母さんが恥ずかしい!」とか、
小さいときに親から、よく言われませんでしたか?
歩き方がのろいとか、ぐずぐずしてさっさっとできないとか、
ハキハキとみんなの前で返事ができないとか…
幼稚園や小学校低学年の参観日、家に帰ってきた
教育熱心な母親が、子どもに向かってよく言いがちな台詞です。
私の場合は、
「ちゃんと前を向いて歩きなさい。紹江が下ばかり向いて歩いていると、
お母さんが恥ずかしい」でした。
5歳の私は、道を歩いていただけでした。下を向いて、自分の足元を見ながら歩いていました。ただそれだけのことで、母からそう言われました。
歩く姿勢が悪いという話のはずなのに、なぜか「恥ずかしい」という言葉が大きく聞こえてきました。
まるで、私という存在そのものが、親にとっての恥であるかのような感じです。
「あなたがこうだから、親として恥ずかしい」
この一言、実はとても危険な言葉です。
今日は、この言葉の裏にある、子どもに対する親の勝手な期待や、
この言葉が子どもの人生にもたらす破壊的なパワーについて、私自身の経験を交えながら書いてみようと思います。
それは、あなたの性格の問題じゃない
まずお伝えしたいのは、「恥ずかしい」と言われ続けて、今も罪悪感や息苦しさを抱えているとしたら、それはあなたの性格が弱いからでも、あなたが劣っているわけでもない、ということです。
「親として恥ずかしい」という言葉は、一見すると単なる小言に見えます。
でも中身をよく見ると、これは子どもの行動を注意しているようで、実際は「あなたの存在が、私(親)の評価を下げている」という構造になっています。
子どもは、自分の行動と自分の存在の区別が、まだうまくつきません。
だから「歩き方が変で恥ずかしい」と言われると、「自分という人間が恥ずかしい存在なんだ」と丸ごと受け取ってしまうのです。
これは子どもの受け止め方が未熟だから起きるのではなく、そう受け取らせてしまう言葉を親が選んでしまったから起きることです。
「ちゃんとしなきゃ」が、一生付きまとう
この言葉を繰り返し浴び続けると、何が起きるか。
私の場合は、「ちゃんとしないと親に迷惑をかける」という感覚が、深いところに根付いてしまいました。
「ちゃんとする」、すなわち、親の言う通りにしていないと、親に迷惑をかけている気がする。うまく親の言う通りにできない自分を見せると、また「恥ずかしい」と思われる気がする。
これは、大人になっても簡単には消えません。
仕事でも人間関係でも、「うまくやらなければ、誰かに迷惑をかける。だから自分がダメなんだ」という感覚が、常に足元にまとわりついてくる。
自分のためではなく、誰かに恥をかかせないために生きている。そんな感覚を抱えたまま、30代、40代、50代になっても、ふとした瞬間にあの言葉がよみがえる人は、決して少なくないはずです。
「親のために生きているわけじゃない」という気づき
私がこの構造に、はっきりと気がついたのは、もう50代半ばを過ぎたころでした。
メンターのような存在の方に、
カウンセリングという形で自分の話を聞いてもらっていたときのことです。
そこで初めて、「親を恥ずかしがらせないために生きる」という前提そのものが、そもそもおかしいのだ、とお腹の底から納得できました。
臨床心理士の信田さよ子さんは、長年、DV、アダルト・チルドレンなど、家族の問題にたずさわり、親子関係における支配や依存の問題を指摘し続けてこられました。
信田さんが繰り返し伝えているのは、子どもは親の期待や評価を満たすための存在ではない、ということです。
親の顔を立てるために、親が望むとおりに、子どもが自分を作り変える。
これは愛情のように見えて、実際には支配です。
「恥ずかしい」という言葉は、この支配を、「しつけ」という顔をして持ち込んでしまう、とても厄介な言葉なのです。
もしあなたが今、「親に恥をかかせてはいけない」という感覚に縛られているなら、それは弱さでも親不孝でもありません。おかしいのは、その前提を植え付けた言葉の方です。
「恥ずかしい」ではなく、このように言えるはず
では、親は本来、何と言うべきだったのでしょうか。
「親として恥ずかしい」ではなく、こう言えたはずです。
「下ばかり見て歩くより、前を向いて歩いた方が、気持ちがいいよね。景色もきれいに見えるし、楽しいでしょう?」
同じ「前を向いて歩きなさい」でも、伝え方はまったく違うものになります。
「恥ずかしいから、やめなさい」は、子どもを、親の評価のための道具として扱う言葉です。
一方、「その方が気持ちいいよ、楽しいよ」は、子ども自身の幸せを願う言葉です。
親の役目は、子どもを親のための存在として育てることではなく、子どもが子ども自身のために、幸せに生きていけるよう、手助けをすることのはずです。
もしあなたが、かつて「恥ずかしい」という言葉で縛られてきたのなら、
まずその言葉を、ご自分から、そっと外してあげてください。
あなたは、誰かを恥ずかしく思わせないために生きているのではありません。
あなた自身が、気持ちよく、楽しく、前を向いて歩いていくために、生きているのです。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました🙏
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