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世の中のHR論(人事論)は、なぜ現場に届かないのか。経営者・管理職の"痛み"に、私たちはどれだけ向き合えているか

「戦略人事とか人的資本経営とか、言ってることは分かるけど、うちの現場ではそんな余裕ないんですよ」
「増員したいって言ってるだけなのに、なんでこんなに通らないのか、正直よく分かってない」
「人事の人と話すと、いつも"制度"の話になる。自分が聞きたいのはそこじゃないんだけどな、と思うことがある」

HRビジネスパートナー(HRBP)として現場に入る中で、こういった声を、経営者や管理職の方から本当によく聞きます。

そのたびに私は、ある違和感に立ち返ります。

世の中に出回っているHR論(人事論)は、こうした声とどれだけ向き合えているのだろうか。

戦略人事、人的資本経営、タレントマネジメント、エンゲージメント向上——書店やSNSには、それらしい言葉が並んでいます。
私自身、そうした知識に助けられてきた側でもあります。
ただ、その多くが「現場の痛み」を起点に組み立てられているかというと、正直、そうではないものも多いと感じています。

今回は、その違和感の正体について、私なりに言語化してみたいと思います。

では、いきましょう!


【要約】

  • HR論の多くは「理論」から始まり、「現場の権限」から始まっていない 経営者・管理職が実際に何をどこまで決められるのかという実態を踏まえずに、あるべき論だけが語られがちです。

  • 管理職の"痛み"は、抽象的な悩みではなく、具体的な「決裁が通らない」「説明できない」という実務の詰まりである
    この詰まりの構造を無視した提言は、現場に届きません。

  • HRに求められているのは、正しい理論を届けることではなく、管理職の隣に立って一緒に構造を解くこと
    これは私が「HRBPの在り方」シリーズで繰り返し書いてきた「制度設計なき能力論」という問題意識とも直結しています。


HR論が「遠い」と感じられる、3つの理由

経営者・管理職の方々と対話する中で、私が感じてきた「距離」は、おおよそ次の3つに集約されます。

①理論は語られるが、権限は語られない

「管理職はメンバーの成長にコミットすべきだ」「組織開発力が必要だ」
こうした言説はよく目にします。
ただ、その管理職が実際にどこまで増員を判断できるのか、どこまで人件費を動かせるのか、という権限の実態まで踏み込んだ議論は驚くほど少ない。

権限構造を無視した理論は、現場では「正論だけど、うちでは無理」という反応で終わってしまいます。

これは、私自身が実際に経験したことでもあります。

ある部門の管理職の方から「増員をリクエストしたのに、なかなか動かなくて、どうしたらいいのか」という相談を受けたことがありました。
話を聞いていくと、その方は「人員計画は経営会議で決まるもの」という認識までは持っていたのですが、実際にどの段階で、誰が、何の基準で判断しているのかまでは把握していませんでした。
結果として、リクエストの出し方も「増やしてほしい理由」に終始しており、決裁者が見ている観点(人件費への影響や、他の解決手段との比較)には触れられていなかったのです。

そこで一度、実際の意思決定フローを一緒に書き出してみました。
「発案はここ、一次承認はここ、最終決裁はここ」と可視化していくと、その方自身が「自分がコントロールできる部分」と「見えていなかった部分」に、はっきりと気づかれました。
次にリクエストを出すときには、事前に私との議論を行い、決裁者側の視点を踏まえた形に変わり、結果的に話がスムーズに進むようになりました。

正直なところ、この方の能力が足りなかったわけではありません。単純に、権限構造という情報そのものが、これまで届けられていなかっただけなのだと思います。
理論だけを渡しても、決裁は通らない。まず権限の在り処を一緒に確認することの方が、よほど実践的な支援になると、このとき強く感じました。

以前「権限構造から考えるHRBPの本当の動き方」でも触れましたが、HRBPの動き方も、権限移譲のレベルによって大きく変わります。管理職側の悩みも、実は同じ構造をしているはずです。


②HRの言葉で語られ、管理職の言葉に翻訳されていない

人件費率、要員計画、リテンション
これらはすべてHR・経営側の言葉です。管理職の多くは、この言葉を「自分の部門の意思決定」に翻訳できないまま、なんとなく人事の言うことに従っています。

翻訳されていない情報は、使われません。HRBPは「制度設計者」である以前に「制度翻訳者」である、というのは私も繰り返し発信していることですが、これは制度に限った話ではなく、市場データや人件費データにも同じことが言えると感じています。

後半にも記載しますが、私たちHRの人間は社内外の人事に関連する情報に当たり前のように触れています。その蓄積は無意識の常識を作り出し、人事内の共通の判断基準としても、醸成されています。

例えば、離職率については、厚生労働省が発表している統計データなどは、様々な人事関連の記事でも引用され、参考にされています。細かくは産業別や年齢別などの情報も取得できます。
これらの情報から読み取った結果を自社組織にどう伝えることが有効になり、経営陣や管理職に翻訳していくことも重要なことです。

私も「最近、離職率が高くなっている気がする」と悩む管理職との会話をする中で、実際の全社の離職率、部門の離職率に加えて、世の中の離職率を整理して伝えてたことがあります。
結果として、数字としては悲観的なものではなかったことや、数字を見て冷静になれたこともあり、まずは目の前の”欠員”という状態を解消するために、集中して取り組むことができました。

厚生労働省-令和5年雇用動向調査結果の概況-より

③「相談しろ」と言うが、「何を相談すればいいか」を教えていない

「困ったら人事に相談してください」という言葉を、私たちHRはよく口にします。しかし管理職からすると、そもそも「何が相談していい範囲で、何が自分でやるべき範囲か」の線引きが分からない。分からないから相談しない。相談されないから「使われない人事」だと思われる。

この悪循環は、実はHR側の説明不足が起点になっていることが多いのではないか、と自分自身への反省も込めて感じています。

最近は、研修予算が部門に割り当てられ、管理職自身が使い道をある程度判断できる企業様も増えてきていると聞きます。ただ、その予算をどう使うか、どの段階で人事に相談すればいいのかまで理解している管理職は、実はそう多くありません。

例えば「部下のスキルアップのために研修を入れたい」と思ったとき、それを自部門の裁量だけで決めていいのか、それとも人事に一言相談すべきなのか?
この線引き自体が、そもそも管理職側に共有されていないケースをよく見かけます。
結果として、「勝手に進めて後から指摘される」か、「毎回律儀に人事にお伺いを立てて、意思決定が遅くなる」かのどちらかに振れてしまいます。

これは管理職の判断力の問題ではなく、単に「どこまでが自分の裁量で、どこからが人事に相談すべき領域か」という地図が渡されていないだけだと思っています。
HR側が、相談すべきタイミングと範囲をあらかじめ言語化して渡しておく。
たったこれだけで、管理職は安心して自分の裁量で動けるようになり、必要な場面では躊躇なく人事を頼れるようになります。

「相談しろ」と伝えるだけでは、何も変わりません。相談していい範囲を、こちらから先に示すこと。それがHRに求められている次の一手なのではないかと思います。


管理職の"痛み"は、思っているより具体的である

「管理職の悩みに寄り添う」という言葉は、ともすると精神論やコミュニケーション論に回収されがちです。しかし、私が現場で聞いてきた痛みは、もっと具体的で、実務的なものでした。

  • 増員をリクエストしても、何を根拠に判断されているのか分からない

  • 今の採用市場で、自部門のポジションがどれくらい採れるのか、数字で語れない

  • 自部門の人件費が、会社全体の中でどういう意味を持つのか、説明できない

これらは決して高度な戦略人事の話ではありません。むしろ、その手前にある土台の情報です。そしてこの土台こそが、これまで「HRが当然知っていて、管理職は知らなくていいもの」として扱われてきたのではないか、と思っています。
一方で、最近の流れにおいて「HRアナリティクス」といった考えの元で「タレントマネジメントシステム」などの発達により、徐々に溝が埋まってきているように感じます。

私が「HRBPナインマトリクス」で書いた通り、HRBPの価値貢献は左下(組織の構造理解)から右上(To-Beの共創)へと積み上がっていくものです。ただ、これはHRBP側だけの成長曲線ではありません。管理職側にも、同じように積み上げるべき土台があるというのが、今回私が一番言いたいことです。

HRBPだけが右上を目指しても、管理職側の土台が育っていなければ、対話はすれ違ったままです。


「寄り添う」とは、同情することではない

「現場に寄り添うHRでありたい」という言葉も、よく語られます。ただ、これも抽象的なままだと、単なる姿勢表明で終わってしまいます。

私が思う「寄り添う」とは、管理職の愚痴に共感することではなく、彼らが日々ぶつかっている「増員できない」「採用が進まない」「予算が通らない」という具体的な詰まりの構造を、一緒に分解しにいくことだと思っています。

そのためには、HR側が持っている情報『権限構造、市場データ、人件費の見方』を、管理職が使える形に翻訳して渡す必要があります。理論を届けるのではなく、判断材料を届けて伴走するという発想です。

実際に、この視点をもとに管理職向けの対話の場を試験的に設計してみているのですが、想像以上に「増員が通らない理由を初めて言語化できた」という反応をもらっていて、この違和感は自分だけのものではなさそうだ、という手応えも感じています。

図1(Geminiにて作成)

HRが「HRの言葉」を手放す日

この記事で一番伝えたかったことは、シンプルです。

HRの価値は、HRの言葉で語られている間は、現場に届かない。

世の中のHR論と、目の前の管理職・経営者が抱えている痛みとの間には、まだ埋まっていない距離があると、私は感じています。その距離を埋めるのは、正しい理論ではなく、翻訳と伴走なのではないか。

もし、この違和感——「世の中のHR論と、自社の現場のリアルには距離がある」——に心当たりのある方がいれば、ぜひ感想を聞かせてください。
同じ景色を見ているHR・HRBPの方、あるいは「まさに自分がその管理職だ」という方とも、この問いを一緒に深めていきたいと思っています。

※過去の記事も参考にいただけると幸いです😊


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Shugo HORIGUCHI 本記事が皆さまのキャリアや組織運営のヒントになれば幸いです。より良い職場環境づくりや人材育成に役立つ情報を発信していきますので、ぜひサポートいただけると励みになります!いただいたチップは、さらなる価値あるコンテンツの制作に活用させていただきます。

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