英語を続けられた本当の理由
「英語が好きだから続いたんですね。」
そう言われることがあります。
でも、違います。
私が英語を続けられた最初の理由は、決して前向きなものではありませんでした。
私は、ずっと怒っていました
保育園から中学まで、私はいじめられていました。
勉強も得意ではなく、自分に自信もありませんでした。
高校に入って環境が変わり、いじめはなくなりました。
そこで初めて思いました。
「どうして、自分だけあんな思いをしなければならなかったんだ。」
その怒りは、簡単には消えませんでした。
私の原動力は、「見返したい」だった
大学受験を頑張れた理由は、決して立派なものではありません。
いい大学へ入り、自分を見下してきた人たちより上に立ちたい。
自分を雑に扱った人たちを、いつか見返したい。
そんな気持ちが、勉強を続けるエネルギーでした。
今振り返れば、とても歪んだ動機だったと思います。
でも、あの頃の私には、それしか前へ進む理由がありませんでした。
英語を通して、価値観が変わった
大学に入って、英語関係の部活へ入りました。
そこで、今まで出会ったことのないタイプの同級生たちと出会いました。
育った環境も、自分より恵まれている人が多かったと思います。
正直、最初は
「私とは住む世界が違う人たちなんだろうな」
と思っていました。
でも、一緒に過ごす時間が増えるにつれて、その考えは少しずつ変わっていきました。
幸せそうに生きている人たちを見て思った
彼らは、誰かを見返すために努力していませんでした。
誰かに勝つためでもありません。
好きなことを学び、好きなことを語り、本当に楽しそうに毎日を過ごしていました。
その姿を見て、私は初めて思いました。
「力だけを追い求める人生じゃなくてもいいのかもしれない。」
あれほど握りしめていた怒りが、少しずつ小さくなっていきました。
英語を学ぶ理由も変わった
それから、英語を勉強する理由も変わりました。
誰かを見返すためではありません。
世界を知るため。
外国人と話すため。
読みたい本を読むため。
自分の選択肢を増やすため。
英語は、復讐のための武器ではなく、人生を広げる道具になりました。
動機は、変わっていい
私は、「見返したい」という気持ちを否定しません。
あの感情がなければ、大学受験を乗り越えられなかったと思います。
最初の動機は、きれいである必要はありません。
悔しい。
認められたい。
負けたくない。
そういう気持ちが、人を前へ進ませることもあります。
でも、人は成長すると、動機も成長します。
私は、英語を学ぶ理由が変わりました。
だから、今も続いています。
最後に
英語を続ける理由は、人それぞれです。
最初は、不純な動機でも構いません。
誰かに勝ちたい。
認められたい。
見返したい。
その気持ちが、あなたを前へ進ませてくれるなら、それも立派な原動力です。
でも、その先で、もっと大きな理由に出会えるかもしれません。
私は、その理由が「世界を広げたい」でした。
英語は、誰かを見返すための武器ではありません。
自分の世界を広げるための道具です。
そして今も、私はその道具を磨き続けています。
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