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音楽史・記事編159.ピアノ調律、純正音律(中全音律)から平均律へ移行する

 セバスティアン・バッハは1722年に、ヴェルクマイスターが1691年に出版した「調律法」によって発表した新しい調律法を用いて、平均律クラヴィーア曲集第1巻BWV846~869を作曲し、調性ごとに調律することなく24すべての調性で演奏が可能であることを実証しました。しかし、直ちにバッハの音楽が広くヨーロッパに知られることはなく、北ドイツのエマヌエル・バッハなどに対位法や平均律調律法、主題彫琢技術などの大バッハの様式が伝えられたようです。モーツァルトの時代には家庭用のクラヴィーアが普及し始め、ようやくこの時代になって調性ごとの調律が不要なことから、家庭用のクラヴィーアは平均律で調律されて行ったものと見られます。本編では古典派時代の作曲家が、ルネサンス以来の伝統的な中全音律によって調律されたクラヴィーアから新しい平均律によって調律されたクラヴィーア(ピアノ)へどのように対応したのかについて見て行きます。

〇モーツァルト、平均律で調律されたクラヴィーアのための作曲を行う
 バロック時代にはチェンバロやオルガンなどの通奏低音によって支えられた音楽が演奏されていました。古典派期に至り、作曲様式の変化により通奏低音は使用されなくなります。何故通奏低音は使用されなくなったのか?・・・おそらく作曲様式の変化が一因と思われますが、バッハによって平均律の調律が実証され、平均律の調律によるクラヴィーアの普及が徐々に進んでいたことが関係しているようにも思われます。通奏低音は中全音律で調律されていたものと見られます。ヘンデルは1741年にオラトリオ「メサイヤ」をアイルランドのダブリンで初演していますが、この時中全音律で調律された7台のチェンバロが用いられたとされています。中全音律ではオクターヴの中に8つの純正3度があり、いくつかの調性での純正和声が可能となりますので、大曲の演奏を行うために7台のチェンバロを用いることによって多くの調性を用いたものと見られます。ハイドンは初期の交響曲をチェンバロを弾きながら指揮をしたと伝えられていますので、この時期までは通奏低音は存在していたようです。当時ハイドンはヨーロッパの巨匠と呼ばれるまで名声は高まっており、音楽を極めた巨匠には平均律で調律されたクラヴィーアなどは作曲家が演奏するような代物ではないといった偏見があったのでしょうか。しかし、モーツァルトは普及しはじめた平均律によるクラヴィーアの対応を行います。おそらく、1784年にクラヴィーア協奏曲第14番変ホ長調をプロイヤー邸で初演した時に平均律に調律されたクラヴィーアに戸惑ったものと見られ、早速平均律によるクラヴィーアでも演奏可能な対策を行うことを目的に木管とピアノのための五重奏曲を作曲し、和声は木管楽器に任せ、クラヴィーアはメロディーと分散和音などを主に弾き、クラヴィーアでは和声を避けるという対応方法を見出したものと思われます。クラヴィーア協奏曲第17番ト長調以降は平均律で調律されたクラヴィーアでも演奏できるように対策を行っています。
 また、モーツァルトは声楽分野でも、家庭に普及したクラヴィーアでも演奏できるドイツ語の歌曲であるドイツ・リートを初めて作曲しています。オペラ作曲家であったモーツァルトはそれまで多くの歌曲を管弦楽伴奏で作曲し上演してきており、これらは純正音律で演奏されます。教会音楽を含め、オペラ、歌曲はいずれも純正音律で美しい和声を響かせるわけですが、モーツァルトはドイツ・リートで歌手は純正音律で歌い、ピアノ伴奏では歌手の邪魔をしない伴奏様式を実践したように見られます。

(参考:音楽史・記事編143.調律史とモーツァルト
(参考:音楽史・記事編151.ハイドンの交響曲創作史・純正律管弦楽曲の最後の輝き
(参考:音楽史・記事編156.モーツァルトのオペラ創作史・純正律声楽曲の最後の輝き

〇ベートーヴェン、バッハの平均律クラヴィーア曲集でクラヴィーアを学ぶ
 ベートーヴェンはライプツィヒ大学で学んだネーフェからクラヴィーア奏法を学び、その教材にはセバスティアン・バッハの平均律クラヴィーア曲集が用いられ、ベートーヴェンはこの教材を全て暗記していました。したがってベートーヴェンはボンで作曲した選帝侯ソナタは当然のように平均律で作曲し、演奏したわけで、わざわざ中全音律などの調律方法で調律したピアノを使う必要も感じなかったようです。この時期にウィーンでは家庭用クラヴィーアの普及が拡大し、クラヴィーアは調律の必要性がないため平均律で調律されていたと思われ、ハイドンなどの巨匠からみれば楽器としては不完全なものと扱われていたと見られます。しかし、ベートーヴェンはバッハの偉大なクラヴィーア平均律曲集を習得しており、平均律であっても十分に音楽表現は可能であることを認識しており、多様性を拡大してきた音楽のための自由な転調などの可能性は、純正3度の美しい和声に勝る価値であるように思われ、このことが師ハイドンとの軋轢の原因であったと思われます。ベートーヴェンは平均律による新たな音楽創造を決意し、その成果である平均律音律で演奏されるピアノ・ソナタ第1番ヘ短調など3曲のピアノ・ソナタを師ハイドンに献呈します。そして、1800年に旧ブルク劇場で行われた自主演奏会では、初めに純正音律によってモーツァルトの交響曲、ハイドンのオラトリオ「天地創造」の抜粋、自身の木管楽器、ホルンと弦楽による七重奏曲を演奏し、続いて平均律に基づく多様な和声によって作曲された斬新な交響曲第1番ハ長調を初演し、その新たな道を示したものと見られます。音楽史における純正音律による創作はハイドンのオラトリオ「天地創造」、オラトリオ「四季」、ベートーヴェンの七重奏曲で終わり、それ以降は平均律をもとにした多様な和声による創作へと移っていったように見られます。

(参考:音楽史・記事編152.ベートーヴェン、平均律の新しい道を決意する

〇日本における平均律と純正音律の課題
 昨年、とある合唱コンクールを聞きに行った時のことですが、あるグループの自由曲は無伴奏で開始されるため曲が始まる前にピアノで音取りが行われました。無伴奏で合唱を行うということは、作曲者は純正な和声で合唱曲を歌わせたいという思いがあったためと思われます。しかし、音取りの3つのピアノの和音は明らかに不純な和声であり、若い合唱団員たちには全く非はないのですが、合唱におけるピアノ伴奏の難しさを感じさせられました。この場合、ピアノでは基音のみを鳴らし、合唱団員は基音を聴き和声音を自身で取る方が望ましいようにも思われました。合唱や器楽の演奏において、平均律のまま演奏すればよいという考えもあるようですが、3度や5度のアンサンブルの場合、逆に平均律で音程をとることは難しく、それよりもお互いに「うなり」のない音程に合わせる方が簡単で、さらに美しいハーモニーの演奏となってより望ましいように思われます。実際の合唱や管弦楽では純正な和声を響かせるように演奏することが一般的です。ピアノ調律では平均律が一般的に行われているなかで、管弦楽などの器楽や合唱などの声楽では、ルネサンス以来の西洋音楽の伝統の美しい和声を、現代においても受け継いでいるように思われます。
 ウィーン少年合唱団の公演は日本でも行われており実際に公演を聞かれた方も多いと思いますが、ウィーン少年合唱団では伝統的に教会における純正和声による聖歌の合唱を義務付けられているため基本の歌唱法は純正和声によるものであり、ピアノ伴奏は和声を控えめに弾き、シューベルトのピアノ五重奏曲のように主に旋律を弾いて伴奏し、ピアノ伴奏の欠点を補っているように見えます。ヨーロッパの音楽史において、中世、ルネサンス、バロック、古典派と、長い歴史のなかで純正音律による音楽が作曲されてきており、特に純正な長3度の和声が最も美しいものと尊ばれてきています。ヨーロッパの子供たちは教会でのミサ曲の演奏や、モーツァルトの「魔笛」公演などによって、純正律音楽に親しんでいます。日本においても西洋音楽の伝統の純正和声による美しい音楽が、さらに身近なものになるように望まれます。

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