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お局様はなぜ生まれるのか「あなたのため」が職場を支配するとき

これは特定の性別や年齢を責める話ではない。
職場で非公式な権力が生まれ、人を支配していく構造の話である。


1 そもそもお局様とは?

お局様という言葉は、たいてい女性職員に向けて使われる。
長く職場にいて、若手や新人に厳しく、細かく口を出し、空気を支配する人。そういうイメージが強い。

けれど、ここでは男女を問わない。

男性でもお局様化する人はいる。
年齢が若くても、立場や経験年数を使って他人を支配する人はいる。

つまり、お局様とは性別の名前ではない。
「職場の非公式な権力を使って、人を管理する人」のことである。

そして厄介なのは、本人が自分を悪者だと思っていないことだ。

むしろ本人の中では、職場を守っている。
新人を育てている。
間違いを正している。
自分が言わなければ現場が崩れる。

そういう物語になっていることが多い。

だから、単なる性格の悪さだけでは説明できない。
お局様は、職場に発生する一つの構造である。

2 今まで書いたことを具現化していた?

以前から、支援が支配に変わる話を書いてきた。
母性が人を壊すとき。
「あなたのため」が、相手の自由を奪うとき。
優しさが、相手を小さく扱う道具になるとき。

お局様は、まさにそれを職場で具現化している存在かもしれない。

本人は面倒を見ているつもりである。
けれど、相手を一人の大人として扱っていない。

「まだ分からない子」
「私が教えてあげないと駄目な子」
「勝手に動かれると困る子」

そういう見方が前提にある。

もちろん、新人教育は必要である。
危険な行為を止めることも必要である。
介護や福祉の現場なら、利用者の安全に関わるので、厳しい指導が必要な場面もある。

問題はそこではない。

問題は、指導の目的が「相手を自立させること」ではなく、「自分の管理下に置くこと」にすり替わることである。

育てる人は、相手が自分なしで動けるようにする。
支配する人は、相手が自分なしで動くと不機嫌になる。

この違いは大きい。

3 具体例

たとえば、新人が利用者対応で迷ったとする。

本来なら、
「こういう時はまず状態を見て」
「この人は夕方に不穏になりやすいから」
「困ったら記録と申し送りを確認して」
と教えればいい。

ところが、お局様化するとこうなる。

「普通は分かるでしょ」
「前にも言ったよね」
「勝手なことしないで」
「だから最近の人は怖い」

業務指導ではなく、人格評価になる。

また、誰かが新しいやり方を提案した時もそうである。

「私、聞いていない」
「それ、前にやって駄目だったから」
「うちではそういうの無理」
「現場を知らない人の考え」
「私たちは昔からこれでやってきた」

もちろん、本当に過去に失敗した方法もある。
現場の経験から来る警戒もある。

しかし、そこで検討を止めてしまうと、職場は変わらない。
経験が知恵ではなく、門番になる。

さらに、細かいルールを大量に作る人もいる。

この棚にはこの向きで置く。
この人にはこの順番で声をかける。
この時間にはこの人に確認する。
誰に相談するかも決まっている。

一つ一つは小さなことに見える。
でも積み重なると、職場全体が「その人の機嫌を損ねないためのシステム」になる。

これがお局様の支配である。

4 派閥とシフト発言権

お局様が厄介なのは、単独で強いだけではない。
周囲に人がつくことがある。

長く勤めている。
昔のことを知っている。
利用者や家族との関係がある。
現場の細かい情報を握っている。
新人教育にも関わっている。

そうなると、自然に派閥ができる。

「あの人に逆らうと面倒」
「あの人に確認しておいた方がいい」
「あの人が嫌がるからやめておこう」

こうして、正式な役職ではないのに、職場の意思決定に影響を持つ。

特にシフトへの発言権を持つと強い。

誰と誰を組ませるか。
誰を早番にするか。
誰を夜勤に入れるか。
新人を誰につけるか。
苦手な職員をどこに配置するか。

シフトは職場の権力そのものである。

そこに非公式な影響力を持つ人がいると、管理職にとって非常に厄介になる。
なぜなら、表向きの命令系統とは別に、裏の命令系統ができるからだ。

管理職が方針を出しても、現場で潰される。
新人を育てようとしても、途中で萎縮させられる。
改善案を出しても、「現場では無理」という空気で消される。

これは個人の好き嫌いではなく、組織運営の問題である。

5 管理職の改革はこれだったりします

管理職の改革というと、大きな制度変更やマニュアル整備を想像しがちである。

もちろん、それも必要である。
しかし、実際にはもっと地味なところが改革になる。

非公式な権力を、正式な仕組みに戻すこと。
指導と人格攻撃を分けること。
経験者の知恵を活かしつつ、支配にはさせないこと。
シフトや教育の権限を、個人の機嫌ではなく組織の方針に戻すこと。

これができないと、職場は変わらない。

お局様を排除すればいい、という話ではない。
長く現場を支えてきた人の経験は、確かに価値がある。
利用者の癖や、家族との関係や、過去の事故を知っている人は貴重である。

ただし、その経験が他人を縛る道具になった時、職場は腐る。

また、非公式な権限を持った人を、あえて管理職に抜擢する例もある。

これは危険な賭けでもある。
非公式な権力を、公式な責任の中に回収できれば改革になる。
しかし、支配のやり方をそのまま役職で補強してしまえば、職場はさらに息苦しくなる。

管理職が見るべきなのは、誰が悪いかだけではない。

どこに非公式な権力が溜まっているか。
どの言葉が指導で、どの言葉が支配なのか。
誰が新人を育て、誰が新人を萎縮させているのか。

そこを見ない改革は、たいてい失敗する。

お局様は、突然生まれるわけではない。

不安を放置した職場。
経験者に頼りすぎた職場。
管理職が面倒な対人調整を避けた職場。
「昔からこうだから」で済ませてきた職場。

そういう場所で、少しずつ生まれる。

母性は本来、人を守る力でもある。
けれど、相手を信じられなくなった母性は、支配に変わる。

職場のお局様問題とは、結局そこなのだと思う。

「あなたのため」と言いながら、相手を小さく扱っていないか。
「職場のため」と言いながら、自分の不安を守っていないか。
「教えている」と言いながら、相手が自分なしで動くことを嫌がっていないか。

お局様を笑うのは簡単である。
けれど本当に怖いのは、誰でもその側に回る可能性があることだ。

支援も、教育も、母性も、使い方を間違えれば支配になる。

だから職場に必要なのは、優しい人を増やすことだけではない。
優しさが支配に変わる瞬間を、見逃さない仕組みである。

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