父の入院で発覚した母の認知症-まさかの両親同時施設入所になった話
普段は住宅購入について書かせてもらっていますが、今回、両親の介護施設入所でいろいろと経験しまして、それなりに反響もいただきました。
そこで、これから何回か、介護の話を書いていこうかなと思います。
まず、今回は両親の入所について、その経緯を整理させていただきます。
きっかけは父の入院でした
今回の出来事、きっかけは2月の終わりくらいだったと思います。うちの父が入院したのです。これ自体は別に珍しいことではなく、父は80代半ばなのですが、20年も前に脳梗塞で入院したことがあります。この時は発見が早かったため、大事には至りませんでした。
しかし、元々、昭和の典型的なサラリーマンだった父は、酒とたばこなど、不摂生の見本のような生活をしていたので、その後も肺気腫や心筋梗塞など、様々な病気を発症していました。
そのため、ちょっと風邪をひいたりするだけでも体調を崩して入院、ということがこれまで何度もありました。一時期は年間10回近く入院しており、仕事で介護をしている私や奥さんも「もう家に帰れないんじゃないか」と思ってこともあります。
それから奇跡的な回復を果たしたものの、もう完治するような状態ではなかったので、今回、母から入院の話を聞いた時も「またか」という感じで受け止めていました。
ただ、この入院の少し前に主治医変更をしていまして、というのは、これまでの主治医は車で1時間近くかかるところだったんです。ですが、病状も治ったわけではないですが、落ち着いてはいたため、紹介状を書いてもらって近所の病院にかかりつけを移動したんですね。
そんな経緯があったため、今回は今までと違い、こちらの病院に入院しました。
ということで、いつもと違う病院だったからか、担当医から「在宅酸素を使わないとダメだ」という話がありました。父からも「もう家に帰ってもお母さんが大変なだけだから」と、施設に入ると言い出しました。父としても、母の衰えを感じており、これまでのように、母が自分(父)の世話をすることは無理だと思ったようです。
繰り返しますが、父は昭和の男だったので、今までずっと「父の相手は面倒くさい」「父はわがまま」と思っていました。それが、自分から施設に入ると言い出しので、私と兄はすごい助かったと思いました。
(※うちの実家は父母兄私の4人家族です。兄は独身子なしです。)
これまで、父の入院のたびに母が大変な苦労をしていたのですが、それもこれでなくなるかと安心したのです。
しかし、この父の入院中、騒動の中心は母でした。
母の異変に気づいた出来事
お正月に帰省した際にも、なんとなくおかしいなとは感じていました。
ただ、母も80代半ばなので、年相応のもの忘れはあるだろうと、あまり気にしていなかったんです。
しかし、父の入院について、当然最初の段階で母から聞いているのですが、電話をかけてくるたびに「お父さんが入院してるんだよ」と同じことを繰り返したり、病院からの病状説明で、主治医から母が話を聞いて、その証明として書類にサインをするわけですが、後日確認すると、説明を受けたこともサインをしたことも覚えていない、ということでした。
また、その1週間後、父の施設を探しのために見学に行った際にも、実家に母を迎えに行ったら、母がなぜかまともに歩けないくらい足を引きずっていました。母本人は「いつものことだから」と言うのですが、1週間前に会った時には普通に歩いていましたから、それが歩けないというのは、何かあったんじゃないかと思うわけです。
ただ、母は「いつものことだから」しか言いません。
その翌日、入院中の父から「お母さんが行方不明になった」と電話が来ました。話を聞くと「見舞いに来る予定になっていたのに来ない、家に電話をかけても連絡がつかない」ということでした。
父は「警察に言おうか、どうしようか」と焦っていましたが、家にいる可能性を潰してから出ないと警察に連絡はできない、と思い、たまたま電話番号を知っていたご近所の方に連絡して様子を見に行ってもらうことにしました。
そこで、実家のトイレで動けなくなっていたという母を発見したらしいのです。
幸い、大事には至らず、翌日、施設入所の相談のために実家に行ったのですが、その時には、その出来事も母は覚えていませんでした。
何回も話すうちに思い出したようになってきましたが、今から思えば、それも話を合わせていただけかもしれません。
ここで、母一人で生活させることの危険さを母以外の全員が認識したのです。
↓私は現役の介護職なので、どのレベルになったら施設に入るか、指針をはっきり持っています。その内容をまとめた記事がこちらです。
両親同時の施設入所へ
こうした経緯から、父の施設入所に向けて動いていたものが、父・母両方とも施設入所という方向に変わっていきました。この段階では、母も「こんなことになるとは思わなかった」と言いながら、施設入所を受け入れているようでした。
施設の見学中も、「2人で入るならこの部屋は狭い」とか「このくらいあれば2人でも入れる」とか、そんな話をしていたので、なんとなく意識していたのかもしれません。
そこから、父母ともに入所のための準備に入りました。
施設入所は一般的に「申し込み→健康診断書提出→入所判定→入所準備→入所」と進みます。申し込みから入所までがだいたい1ヶ月です。ただ、私たちが動いていたこの時期にはGWが丸被りしていました。GWに入ると病院の検査などは完全に停止してしまうので、健康診断の結果も後ろにずれる可能性があります。
それが後ろにずれると何が困るかというと、
・父の退院日は期限が設けられており、それまで入所できないと行く場所がなくなってしまう。
・母の一人暮らしは限界
ということで、1日でも早く入所手続きを進めたかったので、相当がんばりました。
申し込みは私が対応し、父については入院中だったので、病院の相談員にお願いして、病院と施設で直接やり取りしてもらいました。その施設自体、病院からの紹介でもあり、それぞれの相談員が顔見知りでもあったようで、ここは基本的にお任せで手続きは進んでいきました。
しかし、母の場合は在宅からの施設入所ということで、手続きは全部家族がしなければなりません。健康診断を受けるためにも申し込みはこちらでしたのですが、病院から「直前の受付はしてないんですけど」と言われてしまっても「施設に早く入らないといけないので」と説得して、母は一人ではそこまで行けない状況だったので、当日は兄が同行してくれたりて、ある意味、家族に力を総結集して対応しました。
引っ越しさながらの入所準備
GW中には施設の入る予定の部屋の準備をしました。
実家であまり使っていないタンスを空にして、軽トラをレンタルして持って行ったり、椅子とテーブルを通販で買って送っておき、それも現地で組み立てたり、やっていることは引っ越しと同じでした。
そんな感じで準備を進めたのですが、結局、施設側から「父の退院までには準備が間に合わない」と言われてしまい、施設の入所と父の退院日の間に1週間ほど空白期間ができてしまいました。
その間、実家に戻ろうと思えば戻れたかもしれませんが、実際、病院から出たばかりの父と、もの忘れが激しい母の生活は想像がつかず、結局、父は退院後に1週間ほどショートステイを挟むことになりました。
そして、父の入所にあわせて、母も同日に入所という形になりました。
母だけ先に、ということも考えましたが、環境が変わる中で1人で生活するよりは、不安はありながらも慣れた環境の方がまだマシかな、と思いました。
それでも何とか施設入所にこぎつけました。当時、兄と2人でものすごく安心したのを覚えています。
今も続く帰宅願望
ところが、母は施設に移ったものの、「ここは家じゃない」「元の家に帰りたい」と毎日のように訴えているようです。いわゆる帰宅願望というもので、あんまり言うものですから、同じ部屋にいる父もかなりまいっています。
命の危険はなくなりましたが、まだまだ落ち着かない状況が続いており、どうしたものかと、兄とちょこちょこ相談する毎日です。
もう少し早く対応していたら違ったかな、と思うときもあります。
認知症の実例についてはこちらにまとめました↓
今回はここまでです。今後、この記事に肉付けするようなイメージで、いくつか記事を書いていきたいと思っています。
聞きたい話があればコメントなどで教えていただければと思います。
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