【回復の記録㉒】見えない傷 | 私は、片手片足で生きていた
回復の記録|鎧を脱ぎ、愛へ還るまで 22話目。
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回復の記録㉑ 限界だったことに気付かなかった|苦しいことが普通だった
BGMを流しながらどうぞ。
最近になって、ようやく分かったことがある。
私はずっと、自分が傷ついていることを忘れていた。
みんな同じように疲れていて、
同じように苦しくて、
同じように擦り切れて生きているのだと思っていた。
特に、夫と出会ってからは、自分だけが何かを失っているなんて、思っていなかった。
むしろ、「みんなもこれくらい頑張っている」と思っていた。
でも振り返ると、それまでの私は、まるで片手と片足を失ったまま歩いているような感覚で生きていた。
もちろん、本当に手足がなかったわけではない。
これは、今の私の中の感覚としての比喩で、歌にもしていた。
もし戦場で片手と片足を失った人がいたら、その人は歩くことだけでも大変だろう。
階段を上る。
荷物を持つ。
転ばないように立つ。
周りの人には分からないくらい自然に振る舞っていたとしても、それだけで毎日たくさんの力を使っている。
でも、もし幼い頃からその状態だったら。
それが「普通」だと思ってしまうのかもしれない。
安心すること、
甘えること、
助けを求めること、
「苦しい」と言うこと、
そんな当たり前のことが、私の中では最初から欠けていた。
だから、自分が無理をしていることにも気付かなかった。

その日のことは、こちらに残している。
回復してきて、初めて気付いた。
「あれ、『普通の人』って生きるのそんなに大変じゃないんだ。」
静かな家がある。
責められない会話がある。
気にかけてくれる家族がいる。
安心して眠れる夜がある。
そんな『普通』の生活を知ってから、ようやく過去の自分が見えてきた。
でも、あの頃の私は、本当に必死だった。
ただ、生き残るために歩いていた。

最近、ふっとイメージが浮かんだ。
砂浜を夫と二人で歩いている。
私は普通に歩いている。
でも、振り返ると、私の足跡は片方しか残っていない。
夫の足跡は、ちゃんと二つ並んでいる。
現実には、そんなことはありえない。
でも、その景色を見た瞬間、なぜだか腑に落ちた。
私はずっと、片手片足で歩いているような感覚だったんだ、と。

夫は、私を抱えて歩いたわけではない。
代わりに人生を生きてくれたわけでもない。
ただ、歩幅を合わせてくれていた。
急かさず、置いていかず、無理に引っ張ることもなく。
私が歩ける速さで、一緒に歩いてくれていた。
その時間の中で、少しずつ私は「歩く」という感覚を覚え直していった。
傷が消えたわけではない。
失ったものが戻ったわけでもない。
今でも、不安になる日はある。
立ち止まる日もある。
それでも、昔とは少し違う。
一人で戦場を歩いている感覚は、もうない。
隣を見ると、同じ歩幅で歩いてくれる人がいる。
それだけで、景色は少し変わるのだと思う。

回復とは、
傷を失くすことではなく、
同じ歩幅で歩いてくれる人がいると知ることかもしれないと思った。

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