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自分のことを書くと、なぜつまらなくなるのか——元新聞記者が見つけた「余白」の正体

銀座の路地裏にある文章教室《青猫ナラティブ》。
今日も受講生さんたちの鉛筆の音がカリカリと心地よいリズムを刻んでいる。

先日、おうちサロンを手がける40代の受講生・Rさんから、こんな相談を受けた。
「先生、不思議ですね。他人のことならわりと書けるのに、自分のことになると、どうしてこんなにつまらない文章になるんでしょう……

自分のプロフィールや、自身が手掛けている商品・サービスについて書こうとすると、急に手が止まる……。
そういう方は、実はとても多い。

Rさんのお悩みを聞きながら、私は陶芸家の知人のことを思い出した。

「口下手な職人」がSNSで見せた、意外な一面

新聞記者時代の取材がきっかけで知り合った彼女は、山あいの工房で土と炎に向き合う、口下手で情熱的な職人だ。

けれどSNSでは、ちょっと意外な一面を見せていた。
彼女が投稿していたのは、丹精込めた自分の作品……ではなく、工房の裏の畑で採れた「愛すべき野菜たち」の写真や記事だった。

かたちがちょっと曲がったキュウリ、虫食い跡が残る小松菜、土のついた小ぶりのジャガイモ。
彼女はそんな野菜たちとの日々を、まるで親しい親友を紹介するように、楽しそうに綴っていた。

「このキュウリ、ちょっと不格好だけど、朝露をまとってキラキラ輝いている。この姿に、いつも元気をもらっています✨」

そんな投稿には、いつもたくさんの「いいね」やコメントがついていた。
読者は、彼女のまなざしを通して語られる、野菜たちの生命力や、山あいの瑞々しい暮らしに癒やされ、疑似体験していたのだろう。

「熱量たっぷりの作品紹介」が招いた静寂

フォロワーさんが少しずつ増え、交流が楽しくなってきたころ、彼女はふと思った。
「これだけ多くの方がSNSを見てくれるなら、本業の陶芸作品のことも知ってもらいたいな」と。

それ以来、SNSでは野菜や山暮らしの投稿を控え、
情熱を注いで焼き上げた「新作の器」や「工房のお知らせ」などの発信にシフトしていった。

土の配合、釉薬(ゆうやく)のこだわり、窯の温度管理の難しさ……。
職人としての技術やあふれる想いを、熱量たっぷりに発信する日々。

「みんなきっと、私の作品に興味をもってくれるはず」

彼女はSNSを開くたびに、野菜の投稿以上の反応を期待していた。
だけど――。
現実は、そう甘くなかった。

「いいね」もそれほどつかず、コメント欄は、まるで工房の冬のように冷え冷えと静まり返っている。
反応は激減した。

野菜にはあんなに共感が集まったのに、魂を込めた作品の投稿は驚くほどスルーされている。

いったい、なぜ?

悩んだ末、彼女はある「残酷な事実」に気づいてしまった。

「野菜(他者)を語る言葉よりも、作品(自分)を語る言葉のほうが、圧倒的におもしろくない」ということに。

「カメラの位置」が近すぎると、ピントは合わない

なぜ私たちは、「自分」や「自分が手掛けたもの」を語りだした途端、言葉の輝きを失ってしまうのか。

その原因は、思い入れが強すぎて、「カメラの位置」が対象に近すぎることにある。

自分の作品、
自分のサービス、
自分の歩んできた道。

愛着があればあるほど、私たちは対象に顔をくっつけるようにして、のぞき込んでしまう。
写真にたとえるなら、ピントが合わなくなるほどの「超ドアップ」で撮影した状態だ。

そこにあるのは、「この釉薬の艶を見てほしい」「私の苦労を知ってほしい」という、書き手の要望や思い入れだけ。

読み手がスッと入りこみ、自由に想像を膨らませるための「余白」は、どこにも残されていない。

野菜について投稿していたときの彼女は、すぐれた「観察者」であり「取材者」だった。
野菜と読者のあいだに立ち、客観的かつ温かいカメラワークでその魅力を切り取っていた。

しかし、自分の作品を語るとき、彼女は取材者であることを忘れ、読み手を置いてけぼりにしてしまっていたのだ。

あなたは、自分の「作品」をどう語る?

「自分という主人公」を、観客席から眺めてみよう

もちろん、自分を語る際に情熱は不可欠だ。
けれど、それ以上に大切なのは、
「自分」という主人公を、一歩引いた観客席から眺めるようなまなざしを持つこと。

後日、照れくさそうに笑いながら、彼女はこう語っていた。
「自分の作品だからこそ、ちょっと他人事みたいに語るのがいいみたい」
その言葉が、今も私の心に深く残っている。

久しぶりに彼女の投稿を覗いてみると、
「見て見て、すてきな器を作ったよ」という伝え方は、もうそこにはなかった。

代わりにあったのは、
器に手作りの料理を盛り付けた食卓の写真。
窓の外の山並みが、湯気の向こうにちらりとのぞく。

「今夜の肉じゃが、この器によそったら、なんだか少し誇らしげに見えた」

そんなふうに”暮らしのなかの器”を、一人の取材者として綴っているという。

今では、多くの人が「その器、素敵ですね」「使ってみたい」と、作品への関心を示してくれるようになったそう。

読者に解釈を委ねる、静かでやさしい余白。そこに、共感という名の橋がかかるのだ。

もし今、あなたが自分のサービスや商品について、
どう書けばいいかわからなくなっていたら、ほんの数歩、後ろに下がって眺めてみることをおすすめする。

そして、友人の魅力の一部を紹介するような気持ちで、「私」のことを綴ってみてほしい。

チャーミングな陶芸家が見つけた「距離感」という発見は、あなたの文章にも、きっとやさしいヒントをくれるはずだ。

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