「タコピーの原罪を、私は家庭で再演していた」──気づかぬうちに、姉と私の構図を娘に再現していた話。
■ タコピーの子どもたちは、親のコピーだった
『タコピーの原罪』という作品がある。
宇宙人・タコピーが地球で出会った子どもたちを“幸せ”にしようと奮闘する物語だが、
読み進めるほどに重く、苦しく、逃げたくなるような真実が描かれていく。
それは、子どもたちが“親の原罪”を無意識にコピーして生きているということ。
誰かを支配することでしか愛を実感できない。
誰かに顔色を読ませることでコントロールする。
そんな構図の中で、しずかも、まりなも、
親と同じ構造で、誰かを傷つけてしまっていた。
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■ そして、私の家庭でも──
私は最近、娘に勉強を教える機会がある。
ある日、そのときの娘の様子にハッとした。
彼女は、私の目をじっと見て、
答えが正しいかどうかではなく、私の反応を先に読もうとしていた。
その姿が、あまりに昔の自分に重なって見えた。
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■ 私は姉の顔色ばかりを見て育った
中学生の頃、私は姉に勉強を教えてもらっていた。
「怒らせないように」「期待に応えなきゃ」と思ううちに、
私は問題の答えを考えるより、姉の機嫌を読むようになっていった。
それは勉強の場面に限らず、
レストランでメニューを選ぶときでさえ、私は姉の顔を見て決めていた。
それが、“自然”になっていた。
私は、姉の顔色に合わせることで生き延びてきたのだと思う。
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■ 娘に映ったのは、私の“無意識の構図”
私は気づかぬうちに、あの時の姉の役を演じていた。
声のトーン、間違いを指摘するタイミング、正解が出た時の“ほっとした顔”。
それは全部、娘に「顔色を読むこと」を学ばせてしまう態度だった。
タコピーの物語で描かれた「親と子の構図のコピー」が、
まさに自分の家庭の中で再演されていたことに気づいた瞬間、
私は背筋が凍るような気持ちになった。
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■ 原罪を終わらせるために
『タコピーの原罪』が問いかけてくるのは、
「あなたは、その構図に気づけるか?」ということだと思う。
しずかちゃんたちは、誰も悪くないのに、
傷を受け継ぎ、傷を与える構図の中で生きていた。
私もまた、姉との構図の中で“教えられる側”から“教える側”へと無意識に立場を移し、
同じ力の関係を娘に継がせようとしていた。
でも、私はここで止めたい。
正解を求めるのではなく、「一緒に考えてみようか」と言える親になりたい。
間違えてもいい空気を、一緒に笑える時間を、少しずつでも作っていきたい。
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■ 最後に
気づいたからといって、すぐに全部を変えられるわけじゃない。
でも、気づく前には戻れない。
それこそが、“原罪”の正体かもしれない。
だからこそ、私はここに書き記しておきたい。
この構図に気づいた日の、少しだけ静かな恐怖と希望を。
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