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子どもに“してあげたい”が止まらない──それでも私が「引き算の子育て」を目指す理由

「子どもに何かさせたほうがいいんじゃないか」
「このままで本当に大丈夫?」
気づけば私は、“手をかけること”でしか愛を示せない親になっていた。



『子どもが自ら考えだす 引き算の子育て』(宮本哲也・井本陽久・おおたとしまさ)という本を読んで、ある一節に心を撃ち抜かれた。

親自身が自分を信用していないと、子どもを信じることができない

ああ、これ、私だ──。



■ 自分に自信がなかった3年前、私は“足し算”の嵐だった

あの頃の私は、とにかく「何かしてなきゃ」と思っていた。

TOEICの勉強、ビジネス書、教育本を読み漁る日々。
自分を評価してほしかったのだと思う。

だから、子どもにも自然と“何かさせよう”と考えていた。
• 運動教室に通わせた方がいい?
• 絵画教室で才能を伸ばす?
• 中学受験、やっぱりした方が将来のためになる?

「良かれと思って」の名のもとに、
子どもの人生に“足し算”ばかりしていた。



■ 今の私は、少しだけ変わった

自分の「興味」に素直になってきた。

心理学を学んだり、アニメを楽しんだり、
一人旅のために英会話を勉強したり。

“誰かの期待”より、“自分のおもしろい”を優先するようになった。

すると、以前のやらなきゃ病に取りつかれた頃より、やりたい事・楽しい事がどんどん自分の中から湧いてくるようになった。
と同時に、ふとこう思うようになった。

子どもって、なんとかなるんじゃね?



■ でもね、それでもやっぱり心配しちゃうんだよ

マイクラに夢中になってる子どもを見て、
「このままでいいのかな?」と思ったこともある。

でも、私たち夫婦は昔からゲーマーだった。
ゲームを否定するなんて、ブーメランが刺さるに決まってる(笑)

だから、時間管理だけ決めて、あとは任せている。
マイクラを「教育にいいらしいからOK」しているんじゃない。
ゲームという文化を、私たちは信頼しているから否定しない。

…とはいえ、英語の宿題はやらせてるし、ドリルも買ってしまう。
「子どもは子どもの人生を」なんて言いつつ、
まだまだ“親心”の足し算は止まらない。



■ 別の一節にも、立ち止まった

親が手をかけた分だけ良くなるなんてことは、まったくない。
限られた親子の時間を“気持ちよく”過ごすことが最善。

フルタイムで働いている私にとって、
子どもと過ごせる時間は、限られている。

そんな貴重な時間を、
「宿題やったの?」「もうマイクラやめなさい!」なんて言葉で埋め尽くしてしまっていいのだろうか。

私は、気持ちよく過ごせているだろうか。
子どもも、私と一緒にいて、気持ちいいと思ってくれているだろうか。

ちょっと胸がチクリとした。



■ ある東大卒の知人が、子どもに中学受験をさせていない理由

御三家出身で東大を卒業した知人がいる。
誰もがうらやむような経歴を持つ知人は、意外にも、
子どもに中学受験をさせていない。

「どうして?」と聞いたら、
こう答えた。

子どもたちの人生だからね。

その一言に、静かに打たれた。

きっと彼は、エリートとしての人生の“明と暗”を両方経験しているのだろう。
だからこそ、あえてレールを敷かない選択をしたのかもしれない。



■ 今の私の「引き算」は、このくらいが精一杯

マイクラは否定しない。
でも宿題はやらせる。ドリルも買う。
つい口出しもするし、悩みも尽きない。

でも、子どもの「楽しい」と「自分で考える時間」だけは、
できるだけ守りたいと思っている。

完璧な“引き算”なんて、私には無理かもしれない。
だけど、一緒に気持ちよく過ごす時間を大切にする──
そんな親でありたいと、今は思う。

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