『マミの1980(イチキュッパ)団地狂騒曲』#3
#3:十五円のトレジャーハンター
1980年。我が家の経済状況は、いつだって「明日の風まかせ」だった。
貯金ゼロのギャンブラー父(33歳)と、どんぶり勘定の母(31歳)が舵を取るこの2Kの泥船は、毎月給料日前になると、激しい金欠の荒波に揉まれるのがお約束だ。
ちなみに我が家は2Kの間取り。キッチンに加えて部屋が2つあるのだが、コンクリートブロックむき出しの壁で仕切られたその空間は、5人家族が生きるにはやっぱり狭い。結局、家族全員がテレビのある主寝室(兼リビング)の1部屋に年中ひしめき合って暮らしているため、もうひとつの部屋は実質「ただの物置き」と化していた。もちろんプライバシーなんて上等なものは、我が家には存在しない。
そんな我が家に、激震が走ったのはある日の夕方のこと。
「お母さん、これ。明日が締め切りなんだ」
8歳のお兄ちゃんが、ランドセルから1枚の茶封筒を取り出した。そこには『遠足の集金袋』と書かれている。
キッチンで夕食の支度をしていたお母さんは、おたまを持ったままギョッとした顔でリビングに振り返った。
「えっ、遠足!? あんた何でそれをもっと早く出さないのよ! お母さん、今月はもうパート代も家計簿も、きれいに使い果たしたわよ!」
「だって、今日配られたんだもん……」
お兄ちゃんがシュンとする。金額は数百円の、子どもの遠足代だ。だが、給料日前三日の我が家にとっては、国家予算の承認並みに重い数字だった。
お母さんはリビングの隅へ走り、タンスの上に置かれた、すっかり軽くなった花柄の財布を逆さにした。
ジャラジャラ……と頼りない音を立てて出てきた小銭を、お母さんは必死の形相で数え始める。
「百円、二百円……、ああっ、あと十五円足りないわ!!」
「ええっ! じゃあオレ、遠足に行けないの!?
お弁当持って一人で学校でお留守番!?」
お兄ちゃんがこの世の終わりのような顔で叫び、コンクリート壁にその悲鳴がこだました。
たかが十五円、されど十五円。
自動販売機の缶ジュースが100円、学校のノートが60円だったこの時代、十五円が払えなければ、本当にお兄ちゃんは遠足のバスに置いていかれかねない。
そこへ、工場からお父さんが帰ってきた。
「なんだなんだ、朝からボットンにカウンタック落とした時みたいな騒ぎしやがって」
「お父さん大変なのよ! お兄ちゃんの遠足代が、あと十五円足りないの!」
お母さんの悲痛な訴えに、お父さんはフッと不敵な笑みを浮かべた。
「ガタガタ騒ぐな。この2Kを舐めるんじゃない。5人も人間が暮らしていりゃあな、部屋のどこかに『はぐれ小銭』が潜んでいるもんだ。おいお前たち、夕飯の前に、我が家の全財産をかけた大捜索だ!」
お父さんの号令により、狭い平屋団地を舞台にした「十五円サルベージ作戦」が始まった。
ここからの我が家は、さながら一攫千金を夢見る命知らずのトレジャーハンター集団だった。
お母さんはリビングのタンスの隅っこへ突撃し、ぎゅうぎゅうに詰まった洋服を「ここか! ここに隠れているのか!」と猛烈な勢いで左右にかき分け、タイムセールの主婦のようなスピードで捜索を開始した。
お兄ちゃんはキッチンへ走り、引き出しをガタガタと開けて、割り箸や輪ゴムの山をひっくり返している。
「カウンタックの次は遠足かよ! 頼む、出てきてくれ!」
お父さんはリビングの主役、ガチャガチャ回すタイプのブラウン管テレビの後ろへ。
「こういう静電気の溜まるところに、小銭は吸い寄せられるんだ」と、怪しいオカルト理論を展開しながら、埃まみれの配線コードと格闘している。
そして私、6歳のマミは、もう一つの部屋(物置き部屋)にある、お母さんの鏡台(ドレッサー)の引き出しへと狙いを定めた。普段使わない部屋だからこそ、お宝が眠っている可能性は高い。
怪しいパフや古い口紅の匂いが漂う中、指先をパドルのように動かして、引き出しの奥の暗闇を探る。
指先に、ツルリとした金属の感触が触れた。
「……あったーーーーーーーっ!!!!」
私がリビングに向かってそれを高く掲げると、2Kの家中に散らばっていたトレジャーハンターたちの動きがピタッと止まり、全員が私の手元に集まってきた。
「マミ、それは何円だ!?」お父さんが叫ぶ。
「五円玉!!!」
穴の開いた、神々しい金色の五円玉。まるでアマゾンの奥地で古代文明の黄金のマスクを見つけたかのような達成感だ。私は完全にインディ・ジョーンズの気分だった。
お兄ちゃんが「マミ、お手柄!」と私の頭をクシャクシャに撫で回す。
「よし、これで残り十円だ! あと一枚、黄色か茶色のニクいアンチクショウ(十円玉)を見つけ出せ! 物置き部屋の押し入れもひっくり返せ! さがせーーーーっ!!」
お父さんの熱いホイッスルで、第2次捜索がスタートした。
狭い2Kを行ったり来たり、大人と子どもがぶつかり合う。
その時、私たちの足元で、ずっと静かにしていた4歳の妹が、トコトコとお母さんの前に歩み寄った。
「はい、これつかって」
妹が小さな手を差し出す。その手のひらに乗っていたのは——
ピンク色のプラスチックでできた、100と書かれたおままごと用のおお金だった。
「……。」
一瞬の静寂の後、お父さんもお母さんも、お兄ちゃんも私も、お互いの顔を見合わせて、コンクリート壁が震えるほど大爆笑に包まれた。
「ハハハ! サンキューな、気持ちだけもらっとくわ! でもな、それ先生に渡したら、お兄ちゃん遠足じゃなくて職員室に連れて行かれちゃうんだ!」お父さんが流れる涙を拭きながら笑う。
「もう、可愛いわねぇ」とお母さんも目尻を下げた。
しかし、和んだのも束の間、現実は非情である。プラスチックの100円ではバスには乗れない。あと十円、本物の十円が必要なのだ。
タンスの裏も、テレビの後ろも、キッチンの下も、調べ尽くした。もう我が家には、十五円の壁を越える力は残されていないのか……。お兄ちゃんが再び絶望の淵に立たされた、その時だった。
「……あ」
お父さんが、自分の作業ズボンのポケットにふと手を入れ、動きを止めた。
ポケットの奥をまさぐると、チャリン、と本日一番クリアな金属音が響いた。
お父さんがゆっくりと引き抜いた手のひらの上には、少し黒ずんだ、だが紛れもない本物の「十円玉」が鎮座していた。
「……あったわ」とお父さん。
「ちょっとお父さん!!!」とお母さん。
「自分のポケットの中にあるの忘れて、大捜索の号令かけてたんじゃないわよ!」とお母さんの鋭いツッコミが炸裂し、お父さんは「いや、これは工場の自販機のお釣りでさ、ガハハ!」と頭をかいてごまかした。
何はともあれ、これで「十五円」が揃った。
お兄ちゃんの集金袋にピチッとセロハンテープで小銭が貼り付けられ、我が家は無事に遠足への切符を手に入れたのだ。
その日の夜。
大捜索でひっくり返った部屋を片付け、5人でまた布団をリビングにギチギチのテトリス状態にして敷き詰めた(物置き部屋は荷物だらけで誰も寝られないのだ)。
「お兄ちゃん、遠足、晴れるといいね」
私が暗闇で言うと、お兄ちゃんは「おう。遠足に行ったらきれいな石とか拾って来てやるよ」と嬉そうに言った。
足元からは、ポケットの中身を忘れていたお父さんのいびき。横からは、明日の弁当の心配をするお母さんの寝息。
たった十五円で大冒険ができるこの2Kの我が家は、今日も貧乏だけど、退屈だけは絶対にしない最高のパラダイスなのだった。
(#3・了)
この小説はノンフィクションです。
