【小説】ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色(第28話「あの手が、やさしかったけん」/「あの子にふれた日から、町がちいとあったこうなった気がする」)

サイドA:「あの手が、やさしかったけん」
——ぶんちゃん、まだ名もなかった頃のこと
その頃のおれは、まだ名前がなかった。
兄弟たちと一緒に、段ボールの中で目をひらいたばかり。
雨の音が大きくて、
町の音も、足音も、全部こわかった。
おれたちは、あるアパートの裏手に置かれた段ボール箱で生まれた。
だれかが置いていったみたいだったけど、
母猫の姿は、はじめから見えなかった。
兄弟たちのうち、だんだん元気がなくなっていって、
気づいたら、おれひとりだけが鳴いとった。
寒くて、さみしくて、
大きな音がするたびに縮こまった。
空は灰色で、どこに行けばあたたかいのかも、わからんかった。
ある日——
空腹でふらふらしながら、町の坂をふらりと歩いていたとき、
小さな八百屋の前で座り込んだ。
店の奥から、おばあちゃんが出てきて、
おれを見て、びっくりした顔をした。
「まぁ……なんてやせっぽちかね」
そう言って、なにかを入れた小皿を差し出してくれた。
こわかったけど、においにさそわれて、
おれは一歩、二歩と近づいた。
そのとき——おばあちゃんの手が、すうっと、おれの背中に触れた。
あたたかかった。
それは、雨でも太陽でもないあたたかさやった。
怖がる気持ちよりも、
「ここにおってもいいのかもしれん」という気持ちの方が、
少しだけ勝った瞬間だった。
それからおれは、町のあちこちを歩くようになった。
おばあちゃんの八百屋だけじゃなく、
魚屋さんの前や、パン屋の裏手、港のベンチ……
気がつけば、町の人が「またあの子猫が来とる」と笑ってくれるようになった。
そのうち、どこからともなく、
「ぶんちゃん」と呼ばれるようになった。
誰が最初にそう呼んだかは、もう覚えとらん。
ばってん、おれはその名が、けっこう気に入っとる。
“ぶんちゃん”という名前の中には、
あのとき触れてくれた手のぬくもりが、今も残っとる気がする。
それからずっと、おれは町の猫として、
人の声や風のにおいを感じながら、
ときどき誰かのそばに座るようになった。
だって、誰かが寂しいとき、
そばに“おるだけ”で救われる気持ちがあるって、
あのとき、おれは知ったけん。
【了】
サイドB:「あの子にふれた日から、町がちいとあったこうなった気がする」
——八百屋のおばあちゃんの視点より
あの日は、朝からしょぼしょぼ雨が降りよった。
店先の青果も、なんだか元気がなかとよ。
キャベツもトマトも、寒そうにしとった。
昼すぎ、
店の奥から出たとき、
ふと目に留まった。
ちいさか、やせこけた子猫。
白と茶のまだら模様で、足元で、
ぺたんと座り込んどった。
「まぁ……なんてやせっぽちかね」
思わず声が出た。
濡れとる毛並みが、見るからに心細そうで、
胸がきゅうっとなった。
そっと、小皿に魚の切れ端ば入れて差し出した。
最初は警戒しとったけど、
お腹のにおいには勝てんかったとみえる。
一歩、二歩。
おそるおそる近づいてきたその子に、
わたしは手を伸ばした。
すうっと、背中に触れたとき、
指先に伝わってきたのは、
ぬくもりやなか。——命の鼓動やった。
ああ、この子は、まだ生きとう。
まだ、誰かを信じたいと思うとる。
そんと思うたら、
なしてか涙が出そうになったばい。
ちょうどその日、
長年通っとった常連さんの一人が、
「今度、店をたたむことにした」って言いに来たばかりやった。
この町も、少しずつ変わっていく。
小さな八百屋なんて、いつまでもあるもんじゃなかかもしれん。
そんなことば、ぼんやり思いよった矢先やったけん、
なおさら、この子のぬくもりが沁みたとよ。
それからやね。
この子は、ちょくちょく町の中ば歩くようになった。
うちの八百屋だけやなか。
魚屋の前、パン屋の裏手、
港のベンチ。
あっちでもこっちでも、
「あの子猫、また来とるばい」って、
みんなが笑いながら迎えるようになった。
名前?
誰が最初に呼びはじめたか、よう覚えとらんばってん、
いつのまにか「ぶんちゃん」になっとった。
ぴったりやった。
あの子の、ふわっとしとって、どこか風みたか存在に。
今でもたまに、
商店街の隅っこで、ぶんちゃんを見かける。
だれかの足元で、
黙ってすわっとるだけ。
なにもせん。なにも言わん。
ばってん、それだけで、
そこにおる人の心が、ちいとあったこうなるとよ。
——たぶん、あの子は知っとるとたい。
誰かがさびしかとき、
そばに“おるだけ”で、
どれだけ救われることがあるかって。
あの日、
あの冷たい雨のなかで、
わたしも、ぶんちゃんに、救われとったけんね。
【了】
前話です▼
シリーズタイトル一覧:(順次、掲載予定です)
第11話:「陸(おか)に戻った日」/「帰港する心」
第18話:「I didn’t say it out loud, but you heard me.」/「声のない声、ちゃんと聞こえとるけんね」
第20話:「ふたりの間に光が灯る」/「来ると思った。根拠なんてないけど」/「別に、会いに行ったわけじゃない——とか言っても信じんやろな」
第24話:「ほどける音は、声の中じゃなく目の奥にあるとたい」/「おかあさんと、ねこさんと、知らないおじさん」/「坂の途中で、風がふたつ、重なった気がした」
第28話:「あの手が、やさしかったけん」/「あの子にふれた日から、町がちいとあったこうなった気がする」
第29話:「干した網のにおいと、黙っとるやさしさと」/「なんも言わんでも、通じとるもんがあるとたい」
第30話:「おまわりさんで、よかったばい」/「帽子の影に、やさしか気配があったとよ」
あとがき
この本を手に取ってくださり、ありがとうございます。
そして、ぶんちゃんと佐世保の町を、ここまで一緒に歩いてくださったことに、心からの感謝を申し上げます。
私は佐世保で生まれ育ちました。
けれど、大学進学で町を離れ、そのまま県外で就職しました。
けれど人生の節目がいくつか重なり、今はまた、この町に暮らしています。
この短編集は、そんな「ふたたびこの町で暮らす」ようになった私の目に映る、どこか懐かしく、でも確かに変わってきた佐世保の風景と、そこに生きる人たちの姿を、“猫の目線”という静かなレンズを通して描いてみたいと思ったことから始まりました。
主人公のぶんちゃんは、白と茶のぶち模様の猫。
人の言葉は話しませんが、ただそばにいることで、人の心の奥にある小さな揺らぎや、誰にも見せていない表情を、そっと受け止めてくれます。
町の片隅にいる猫。
それだけでありながら、たしかに「ここに、おった」と記憶される存在。
この短編集のタイトルは、そんなぶんちゃんの在り方、そして、この町で過ごしてきた人々の“想いが残る場所”としての佐世保を象徴する言葉として名づけました。
なお、本書の創作には、OpenAIのChatGPTを創作パートナーとして活用しています。
最初は「猫と町を舞台に、どんな物語が生まれるだろう」と軽い気持ちでプロットを相談しはじめましたが、気がつけば、物語の呼吸や言葉の余韻を、AIとの対話によって丁寧に探りあてていく日々になっていました。
「語らない猫」「語りたがらない人」「語られずに消えていく町の記憶」——
そんなテーマを、ChatGPTとの共同作業で、時に詩のように、時に物語として形にしていけたことは、まさにこの作品にとって欠かせないプロセスだったと感じています。
佐世保は、坂と港の町です。
変わってしまった景色も、変わらずそこにある空気も、すべてが人と町の記憶を育て続けています。
ぶんちゃんの物語が、そんな記憶のひとつとして、あなたの心に、そっと寄り添えたなら嬉しく思います。
2025年 春
佐世保の町より
筆者
プロフィール|Kazuomi Matsunaga

略歴:九州大学工学部卒業(材料工学)⇒中京地区の金属素材メーカーエンジニア(生産技術)⇒地元長崎県のフリーペーパー広告営業⇒学校法人職員(←いま、ココ)。長崎県在住の50代。
“問い”と“好奇心”の交差点で、日々思考を遊ばせている書き手です。最近は、連載コラム「思好の科楽(しこうのかがく)」シリーズを中心に、教育・物語・心理・AI・デザインなどをテーマとした独自視点の思索を綴っています。既存の枠を超えた“自由な知のデザイン”を模索中。モットーは「想像力が世界をひらく」。
本業では大学・教育関連の仕事に携わりつつ、「人が何かを“好き”になる瞬間」や「問いが芽吹く場面」を丁寧に見つめることを大切にしています。
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