一人ぼっちの黄斑円孔闘病記(2024年)#1 診断編
ああ、そろそろこの時期が来た。。。毎日記事を投稿しているので、そのうちのいくつかを読んだことがある読者はお気づきのことと思うが、自分は右目に病気を抱えてアラフィフで日本から遥か彼方のイギリスに留学をしている。しかも最長4年は続く博士課程である。
なお、病名は黄斑円孔(正確には黄斑前膜と円孔の「合併症」)である。病気については後述する。
そして、何度も記事に書き続けているが、この病気の原因は筆者の弟(引きこもりニート歴30年超のクズ。現在は40代後半のおっさん)が原因である。また、筆者の毒両親も間接的に関わっており(事実上の「共犯」)、全くもってあいつらは筆者にとっては「毒家族」だ(怒)。
血縁関係のある家族でも離婚したり、バンドのように解散できれば良いのに、といつも思っている(悲)。血が繋がっている家族だからといって一緒にいて幸せになれるとは限らないのだ。いや、むしろ、存在しているだけで苦しめられる毒家族はアラフィフになった自分の経験上、世の中にはかなり多い。そして、筆者の家族はもそれだ(悲)。
この病気の手術は2024年4月に受け、その後の辛い8日間にわたる入院生活(うつ伏せ&目薬地獄)、退院後の自主隔離自宅療養(と、うつ伏せ&目薬地獄)、その後の職場復帰しながらの治療(と、目薬地獄)を経て、2024年9月にようやく、主治医からの渡英許可が出て10月にロンドンの大学院の博士課程にようやく入学したばかりだった。
だが、2024年年末の一時帰国の際に診察に行ったところ、手術で切除したはずの黄斑前膜が一部、再発していた。幸い円孔は塞がっていたのですぐに手術の必要がなかったので2025年1月にはロンドンに戻って博士課程を再開できたのだが、4月のイースター休暇中にに再度、日本で診察を受けて経過を観察することになったのである。その際に経過が悪ければ再手術となり、5月からの学期は2ヶ月ほど休学しなくてはいけなくなる(悲)。
休学手続きについても追って記事にしていくので、病気が原因で留学に支障が出ている人は参考にしてほしい。制度として休学は可能ではあるが、研究に支障が出ることは否めない。
自分の引きこもりニートならびに毒両親を公開処刑することと、自分がイースター休暇中の日本での診察で再手術となる場合の備忘録を兼ねて、このシリーズでは昨年の病気診断、手術から過酷な術後の入院、自宅療養、その後の渡英前直前まで続いた闘病記を一連の記事として投稿して行く。
引きこもりの兄弟姉妹や毒両親の存在に苦しんでいる人々、同じ病気で辛い思いをしている人々、そして、何らかの病気で留学を諦めそうになっている人々の心の支えとなれば幸いです。
なお、このシリーズは全編無料でお届けする。チップは受け付けているので役に立った、参考になった、筆者に同情、などがあれば心付けいただけると嬉しいです。
【2025年3月16日追記】
このシリーズをより多くの人に読んでいただきたくマガジン化しました。
マガジン「アラフィフ留学生の一人ぼっちの闘病記シリーズ」
【注意事項】筆者は医療専門の教育を受けていません。飽くまで医療は素人の闘病記です。同種の症状や病気がある方は専門の医療機関の診察を受け、医師の指示を仰いでください。
↑読み返したら長かったので目次を追加しました
黄斑前膜と黄斑円孔とは
まず、自分の右目の病気について説明する。自分も医療は門外漢なので知らなかったのだが、40歳を過ぎると眼球の中の硝子体というゼリー状の部分が粘っこくなって目の奥の黄斑、という部分に張り付くことがある。これが黄斑前膜だそうだ。この黄斑という部分は視野に直結している部分なのでここに傷がついたり膜が張ったりすると視力障害が出る。
以下の記事に病気について専門家の解説があるので参考にしていただきたい。
黄斑前膜とは
日本眼科医学会「40 歳を過ぎたなら知っておきたい黄斑前膜―診断と治療―」
ただ、医師に言わせると、この黄斑前膜だけでは普通は手術しないらしい。前述の日本眼科医学会のページにもある通り、進行がゆっくりしている良性の病気である。
黄斑円孔とは
だが自分の場合は、引きこもりニートの弟に25年以上前に殴られていたことが原因で黄斑に小さな傷ができていたようで、そこに黄斑前膜が発症したことにより昔の傷を広げて黄斑を破り(つまり、「円孔」と呼ばれる裂け目になった)視力障害が出ていたようだった。つまり、手術する羽目になったのは引きこもりの弟のせいなのである(怒)。
黄斑円孔に関する事は以下を参考にしてほしい。記事にある通り普通は高齢者が発症する病気である。そのため医師に言わせると、筆者のように40代以下で発症する患者はほぼほぼ目の外傷(殴られる、ぶつけるなど)が原因であるそうだ。
日本眼科医学会「黄斑円孔」
筆者の毒家族の罪
前項で何故、病気は外傷が原因だった「ようだった」という表現になっているかというと、筆者が引きこもりニートの弟に殴られた時に医療機関にかかっておらず、いや、かかることができず、そのために記録がないものだからその時の状況が今となってはわからないからだ。
弟に殴られて右目がお岩さんのように晴れた筆者を見た両親が、何もなかったかのように普通に食事をし、そして筆者に病院に行くこともすすめずに「早く寝なさい」とだけ筆者に言って、弟がやらかしたことをもみ消したからだ。当時は筆者もまだ20歳前後で事の重大さを認識してできておらず、また、両親そろって筆者の真っ赤に腫れ上がった目を見ても平然として振る舞っていたために、ますます重大さを認識できなかったのだ。普通の親なら目が腫れ上がった子供(成人であっても)を見れば「早く病院に行きなさい」くらいは言うものなので、いかに筆者の両親が身の保身しか考えない「人間のクズ」であることがよくわかるエピソードである。
自分が両親のことを「毒両親」と呼び、引きこもりニート弟の「共犯」として扱っているのはこのためだ(怒)。
もし、読者の中で目を殴られたり、あるいはぶつけたりするようなことがあれば、すぐに眼科で診察してもらうことをおすすめする。すぐに病気が出なくても、年齢を重ねると障害になることもあるからだ。その時に、最初に外傷を負った時の記録がないと、医師も治療がしにくい。このことは手術のことを書く際にまた触れたいと思う。
また、自分のように「事実上の傷害事件」(殴られている)の被害者となった場合には、別の意味でも医療機関に記録を残すべきだ。今回の病気については、後付けながらも弁護士にも警察にも相談した。だが、殴られた時点で警察に被害届を出したり、病院に行って診察を受けていなかったので法的証拠が取れていない旨を指摘された。家族間のように加害者やその共犯者に加害認識がある場合については、一応、訴訟して勝てる可能性もあるようではあるがあまり期待しない方が良い。
ちなみに筆者は、また同じようなことがあれば家族だろうが他人だろうが、日本だろうが外国だろうが、問答無用で警察を呼んで被害届を出して訴訟する、と心に固く誓っている(怒)。
街の眼科で病気発見
自分が渡英直前まで勤務していた日本のおっさん達にもよく聞かれたのは、どのようにしてこの病気を発見したのか、ということだった。やはり、中高年はこのような病気が発症することが怖いので事の経緯を知りたいようだった。
自分の場合は、実は結構間抜けな経緯で病気が発見された。
事の発端は2024年1月頭に左目(殴られてない方)に飛蚊症が現れた。飛蚊症とは、通常は中年以降に出てくる、目の硝子体の中のゴミである。それが出ると視野に黒いゴミがチラチラと見えて、まるで蚊が飛んでいるように見える。
実は右目にも数年先んじてこの飛蚊症が出ていたが、その時は街の眼科で診てもらったところ、ただの加齢によるもの(=仕方ないw)という診断だった。
2024年1月の段階では、すでに今の大学院から博士課程のオファーをもらっており、日本円の円安進行のために入学を半年ほど遅らせており、2024年4月入学で考えていた。なので、渡英前に念の為、と思い、左目の飛蚊症を同じ街の眼科に診てもらいに行った。
眼科では通常は症状が片目にしか出ていなくても、念のために両目とも診察する。そこで、左目のついでに検査した右目の方で病気が発覚した次第だ。
なお、左目の飛蚊症については「それはただの加齢だ!」と医師に一喝された(笑)。右目の病気の方を発見した医師は、意外なところに重篤な病気を見つけてしまって焦っていたようで、筆者から見ても明らかにテンパっていた(苦)。
と、いう訳で、その街の眼科師に紹介状を書いてもらった翌日には都内某大学病院に駆け込んだ。
【悲報】手術&入院決定
そして、大学病院から大変、残念なお知らせです。
>>>手術とその後の入院が必要です<<<
ああ、わかっていたが聞きたくなかったこの言葉(悲)。
ちなみに手術をしないと視力はどんどん落ちていき、失明はしなくても視力ゼロ(光がぼんやり見えるだけ)になる、という事だった。いくらアラフィフとはいえ、まだ20年から長ければ50年は生きそうな自分には辛すぎる現実だった。そんな長い期間を右目が見えない状態で生きるのは嫌すぎる(泣)。
この時ばかりは「マジで退院したら弟を56す!!!」と自宅で一人で叫んだものだった(怒)。病院でやると不審者として追い出されるから自宅でな(笑)。
ただ、進行が遅い病気であるために実際の入院まで3ヶ月近くかかることとなる。最近の日本の大学病院の眼科は、高齢化社会のためにどこも高齢者患者で溢れかえっており(特に白内障手術)、また、網膜剥離などの緊急性が高い眼病の患者の緊急手術もあるため、筆者のような50歳未満(←眼科的には若い、らしいw)の進行が遅い眼病患者の手術には若干の順番待ちがあるようだった。
それでもイギリスのNHS(国民健康サービス)のウエイティングリストよりは遥かに早いので大変、ありがたい。日本の医療制度に感謝だ。何せ、この手術をイギリスのNHSで受ける場合は確実に1年は待たされるから(汗)。そしてイギリスの手術は総じて雑で医療事故も普通にあるが、公的医療なので保証はほぼない(怖)。NHSの病院で働いていた自分だからそのことはよく分かっている。
自分はイギリスでこの病気が発症したら、値段を気にせずに日本行きの直行便の航空券をすぐに買って即帰国して日本で医療を受けると決めている。いつも安い航空券の記事を投稿している自分ではあるが、その場合だけはファーストクラスしか空いてなかったとしても片道120万円のチケットを買うことも厭わないつもりだ。その際の料金は毒両親に後日請求する。向こうが払えるか払えないかは問題ではない(怒)。
<いつもの安い航空券の記事>
とりあえず博士課程入学を2024年10月に延期
自分にはこの辛い現実に打ちひしがれている暇がなかった。
そう、留学どうしよう、え〜ん(><)、なのである。
ただ、この時点で筆者はイギリス留学を3回もやってカナダの大学院でMBAまで取っていたアラフィフの大ベテラン(笑)。こんなところで諦めなくても大丈夫であることは過去の経験でわかっていた。
イギリスの大学では医療などの理由により休学したり、入学を延期できる制度がある。自分の過去の留学でも地元の学生がその制度を利用している姿を見ていたので、留学生となる自分にも適用されるだろう、と考えていた。なお、自分がMBAをやったカナダの大学院にも同様の制度があった。
なので、この時は今の大学院で自分の指導教官になる予定だった先生と、自分が入学する予定の博士課程のプログラムリーダーの先生に事情をメールで連絡した。先生達はすぐに事を理解してくれて、とりあえず2024年10月入学に延期してもらうことができた。
なお、入学延期は1年までは基本的に可能なので、この時点では診断書の提出などは要らなかった。1年を超えて延期する場合は個別審査となるので、その際に診断書の提出が必要なるかもしれない。しかし、その場合は承認されない場合は入学取り消しとなり再出願となる。その場合の再出願はペナルティなしで許されているようだ。
注)入学が1年を超えて遅れそうな場合は必ず、受け入れ大学に相談して指示を仰いでください。大学ごとで手続きや提出書類が異なる可能性があります。
ちなみに、イギリスの学生ビザについてもこの時点では手を打っていたので全く問題はなかった。さすがベテラン留学生である(草)。
ビザを取得した経緯は以下の以前の記事の有料部分に詳細を書いておいた。
<以前の記事>
次回予告
あまりに個人的なことなので記事にするのが辛い内容であるが、不定期で細々と投稿していきたいと思う。
ちなみにタイトルの画像は自分が手術前の右目で最後に見た山の風景。って、それがインバウンド観光客でごたがえす高尾山なのがちょっと悲しい(悲)。もっといいところに行けばよかったのだが、まだまだコロナが猛威を振るっていたために遠出は自粛していた頃だった。
次回は入院までの経緯を書きたいが、実はこの病気、手術を受ける事よりもどのように手術を受けるか決めることが大変、困難だった。何せ、その選択によって残りの人生における目の見え方や生活、そしてかかる金が異なるからだ。
自分の場合はそんな人生の一大決断をしながらイギリスの大学院の入学を最後まで悩み、決めきれない中でもゴミ通過日本円で渡英を成し遂げた(以前の記事参照)。
<以前の記事>
ただでさえ2024年にアラフィフで留学を決意するのが大変だったのに、こんな病気にした引きこもりニート弟と毒両親には怒りと恨みしかないのは、このような事情があるからだ(怒)。
今回もここまでお読みいただきありがとうございました。
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