【書く】「みんな同じ」という言葉で一括りにされてたまるか
「私も同じだったよ」
そう言われて、救われることもたしかにあります。
自分だけじゃなかった、と安心することもあるでしょう。
一方で、
その言葉に、どうしようもない違和感を覚えた経験がある方も
いるのではないでしょうか。
「同じだよ」と言われた瞬間、
なぜか話す気を失ってしまった。
続きを言おうとしたのに、
喉の奥でつっかえて話せなくなった。
たしかなことに来てくださる掲載者さんの多くは
後者で、
私も違和感を抱いてきた1人です。
たとえば、同じと思える出来事を経験していたとしても、
そこに至る背景や、積み重ねてきた時間、
感じ取った痛みの形は、実にまったく違います。
それなのに「私も同じだったよ」と言われた瞬間
自分の苦しさが、どこか平均値に回収されてしまうような気がするのです。
「よくある話」に片づけられてしまったような、あの感じ。
私は思います。
「みんな同じだったら、苦しさは本当に紛れるのだろうか」と。
今回は、たしかなことの取材で感じてきた、この違和感について
私の持論を伝えたいと思います。
「たしかなこと」とは「ひとりにひとつ物語を」をコンセプトに
写真家、ヨガインストラクター、美容サロン経営者など
人生と丁寧に向き合いながら、
想いを持って活動している人たちを記録する場所です。
私はひとり編集部として、お話を聞いたり、書いたりしています。
ーわずか5ヶ月でフォロワー505名に達しました、ありがとうございますー
ー「たしかなこと」誕生秘話を綴ったnoteは、Xでも大きく反応いただきました、感謝感謝ですー
取材をするなかで、たとえばこんな方がいました。
長く心の不調を抱えながら働いてきた女性です。
診断名は、うつ。
周囲からは
「無理しないでね」
「私もそういう時期あったよ」と言われてきたそうです。
でも、その方は取材のなかで、こう言いました。
「“同じ”って言われるたびに、
私の気持ちが、一括りにされてる感じがして…」
オンラインでお話を聞いていたのですが、
PCに耳を近づけてようやく聞こえるくらい
小さな声で伝えてくださいました。
詳しく話を聞くと、その方は当時、
夜も眠れず、1日中カーテンは閉めきったままだったそうです。
何か食べなきゃと思い、冷蔵庫を開けても食欲は沸かず、
結局、白湯だけで一日を終える日もあったこと。
「悲しい」その一言の裏に、
どれだけの葛藤と体力が必要だったか。
それは、「うつ」という言葉でひとつでは
語りきれないものでした。
また別の方は、
仕事で大きな挫折を経験したとお話をしてくださいました。
周囲からは
「誰でも失敗はあるよ」
「それくらい、みんな経験してる」
と言われ、その度に「そうかもしれない」と思おうとしたそうです。
でも、心の中では、ずっと引っかかっていたのです。
それを打ち明けてくださいました。
私はその話を聞いた時、その方をぎゅっと抱きしめたくなりました。
言葉はいらないってわかっていたけど、こんなことが心配になりました。
「仕事の帰り道、家までたどり着けたかな」
「スマホの通知音が鳴るたび、胃が縮むように痛んではいなかったかな」
そしてさらに、
「そもそも仕事で挫折したことは「失敗」なの?」
「“誰にでもあるから”という理由で、乗り越えなければいけないことなの?」
「“みんな経験している”から、今抱いている気持ちは
私のものではなく、他の人のものになっちゃうの?」
とも思いました。
私は
「みんな同じ」という言葉で全てが回収されてしまうことに、
耐えられなかったのです。
そんな、少し皮肉で捻じ曲がった私だからこそ、
届けられることもあると思っています。
実際、たしかなことの記事執筆では、「わかりやすい共感」は作りません。
なぜなら
人の痛みは、ジャンルや程度で測れるものではなく
その方の心のなかにしか存在しないと知っているからです。
一見似たような挫折や活動の理由でも、
「どうやって今日を生きたか」は、誰一人として同じでないからです。
もっとわかりやすく言えば
「悲しい」「楽しい」という言葉。
10人いれば10パターンあると思うんです。
たとえば「悲しい」でいうと
大雨なのに傘もさしたくないほど、土砂降りになりながら帰った「悲しい」
何かに抱きついて、顔をうずめたくなるような「悲しい」
「楽しい」でいうと
カラオケで、郷ひろみを歌いたくなるくらい「楽しい」
お酒は飲めない下戸だけど、お酒飲みたいって思うくらい「楽しい」
「悲しい」「楽しい」という常套句でくくれるようなことは
一つもないのです。
だから私は「私も同じです」とは絶対に言いません。
その代わりに、その方がこれまで辿ってきた道のりや葛藤、想いを
その方の言葉で、一緒に振り返ります。
話は行きつ戻りつし、同じエピソードが何度も出てきて、
途中で言葉に詰まることもあります。
「これ、記事にしなくていいです」
そう前置きされる話ほど、実は、その人の人生の核心だったりもします。
書くことが生業ではありますが
記事にはしなくとも、その方が「これだ」と思えるものに
気付けたことに意味があるので、私はそれでいいのです。
おかげさまで取材後は、こんなメッセージをくださることが増えました。
「やっと、ちゃんと話せた気がします」
「“わかってもらえなかった違和感”が、伝わりました」
「だれかと、比べる回数が減った」
「自分の過去を、無理に説明しなくてよくなった」
そんな変化を感じて、私まで嬉しくなっています。
世の中には、わかりやすいストーリーがあふれています。
しかしあなたの人生は、
誰かに要約されるものではありません。
誰かと比べるためのサンプルでもありません。
もし今、あなたが
「どうせ誰に話しても、一般論にまとめられてしまう」
そんな諦めの中にいるのなら、私に預けてみませんか。
行きつ戻りつしながら
「これは他の誰でもない、私の人生だ」 と誇れるような、
たったひとつの物語を一緒に残したいです。
ーーーーーー「たしかなこと」掲載ご希望の方へーーーーーー
おかげさまで、2月の取材は満席となりました。
ありがとうございます。
3月からの募集は、2月13日〜2月16日の間で
限定2名とさせていただきます。(先着順)
現時点で掲載ご希望の方は、以下お問い合わせフォームから
「たしかなこと 掲載希望」とメッセージをお送りください。
(興味がある、相談したいという段階でもOKです、お話聞かせてください)
メールにてやりとりさせていただきます。
ーーお問い合わせはこちらからーー
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ーーたしかなこと誕生秘話気になる方は覗いてみてくださいーー
ーーたしかなこと を読みたくなってくださった方はこちらーー
「たしかなこと」では、共感という名の「解決」はしません。
むしろ、言葉にならないままの「名前のない感情」を、
そのままの形で、そっと掬い上げることです。
これまでの自分を、振り返る機会として
これからの自分に宛てた手紙として
「たしかなこと」をご活用いただければと思います。

おまけ
ーーー最後の最後でクスッと笑える物語をあなたにもーーー
