キリング・ミー・ソフトリー【小説】48_KILLER TUNE
兄がとんでもなく豪快な寝坊を為出かしたおかげで電車やシャトルバスに揺られ会場のリゾート地へ至る頃には兼ね兼ね限界、寿司詰め状態だった。
本人は余裕綽々、
「ライブには間に合うんだからいいよね?」
などと深呼吸し伸びやかに体を解す。
その佇まいを眺める道半ば、自分も些細なことではいちいちブレずヘコたれない男になろうと思った。
天候に恵まれ、緑滴る。
県内の開催だが、それこそこの野外フェスティバルには初めて遊びに来た。
長年住んでいようとまだまだ馴染みの薄い場所は隠されているもの。
是非、両親に見せたくて無数の風景を写し、切り取る。
そして莉里さんにも届け、あわよくばいつか共に参加したい。そんな淡い期待を抱けば、こちらを気にする素振りもなく全身で自然を感じ、寝転がった兄が唐突に口を開いた。
「そうだ、千暁さあ。寝言でめちゃくちゃ女の子の名前呼んで魘されてたよ。彼女?」
「えっ、」
「知らんけど父さん母さんには黙っとこ。」
まさか。夢で片想いの相手を描くのみならず、声にまで発してしまうとは重症だ。
「まあ、お互いストレス溜まってるみたいだし?ゆっくりまったり楽しも。」
兄は意味深に起き上がってほくそ笑む。
イベントの性質上、友人達や莉里さんと過ごす忙しないタイムスケジュールとは大きに異なる。
元より兄は音楽に包まれながら空気を味わうタイプ、こちらはとことん散策し踊った。
あるフォークシンガーの魂を込めたストレートな歌が強く印象へ残り、押し寄せる感動に我慢ならず兄の前で泣きじゃくる。
「あーあ、大丈夫かよ。」
「いや、なんか、なんでだろ。分かんね、ごめん、でも、あんなすげえもん聴けて、幸せ。」
兄はかつてのように屈んでティッシュを手渡した。幼い日と変わらない、慈愛に満ちた眼差し。
「うん、俺も鳥肌立って涙腺直撃された。あれはガチの天才。語彙失うレベル。」
「倍率マジ高いのにハル兄がチケット当ててくれて良かった、奇跡!ありがとう。」
「お楽しみはこっからだよ。」
頬を伝った涙が吹き抜ける風で乾く。
いずれは覚めて、素晴らしい音楽へ触れた際も純粋に心が動かなくなるのだろうか。
今しか出来ないこと。
一瞬、父との対話が脳裏を掠めた。
こういった経験の積み重ねもきっと、そこに含まれる。
