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50代。私の人生を、義母の介護に捧げなかった理由

「私は、義母の介護のために人生を捧げるべきなのか?」

義母が骨折で入院した日から、私の中でこの問いが始まりました。

介護が始まった人なら、誰でも一度はぶつかる問いだと思います。

しかもだいたい、余裕がない時に。

退院が近づき、
「自宅に戻るか」「施設にするか」
この話が、現実として迫ってきました。


義母の「生きたい気持ち」が、抜けていた

入院中、義母は少しずつ回復していきました。

歩ける。リハビリもする。
数字だけ見れば「戻れそう」に見える。

でも、毎日面会していた私には見えていました。

義母は何かあるたびに言うんです。

「私のしんどさなんて、どうせ誰にもわからない」
そして
「家に帰らないといけないけど、帰っても何もできない」

これは身体機能の話じゃない。

「生きたい気持ち」が抜けきっている感じでした。

ケアマネさんに正直に伝えると、こう言われました。

「ヘルパーさん利用で生活しようと思えばできます。
ですがヘルパーさんは、本人が“自宅で生活したい”という気持ちの上に成り立ちます」

その言葉を聞いた瞬間、分かりました。

「義母には、その気持ちがない。
自宅に返すと大変なことになる」と。


介護離職を決めて、撤回した

実は退院が近づき、「自宅に戻るか」「施設にするか」の話が動き出していた頃。

私の中では、なんとなく在宅になる前提でした。

金銭的にも、その方が現実的に見えた。

「それが普通」な気がした。

でも頭の中で、もう一つの声が止まりませんでした。

在宅になったら、車で片道40分。
夫は単身赴任。
遠方の親族は来ない。

全部、私一人で回すことになる。

想像できるからこそ、怖かったんです。

パートといえども仕事をしていた私。

介護離職を決めて、職場にも「辞める」と伝えました。


「犠牲にならないといけない」という感覚

私の母は、献身的に介護をしていました。

だから私の中にも、いつの間にか刷り込まれていた感覚がありました。

「犠牲にならないといけない」

嫁だから。
近くにいるから。
動ける立場だから。

誰かに命令されたわけじゃない。

でも、逃げたらいけない気がしていた。

「その役割についたなら、やり遂げないといけない」
そんな呪いがありました。


「絶対に後悔する」という答えが出た日

ある時、私は自分に問いかけました。

「このまま介護一筋になった未来の私は、本当に後悔しないだろうか?」

答えは一瞬で出ました。

絶対に後悔する。

だって「私が離職してみればいい」

この考えが出てくる時点で、もう無理なんです。

これは本心を隠した、“いい子ちゃんの私”の声でした。

どうせ私が見れば、ことなきを得て丸く治るんでしょ。

いつものやつ。

私さえ犠牲になったら。
僻んでる私。
素直じゃない私。

でも本当にそれでいいの?

義母のことも恨む。
夫のことも恨む。
そして一番恨むのは、きっと自分。

「自分を犠牲にすることを選んだ自分」を、いちばん恨む。

その未来が、妙にリアルに見えてしまったんです。


罪悪感と、正しい判断は別物だった

義母を施設に入れることへの罪悪感は、ちゃんとありました。
今もゼロではありません。

身体的に動けるからこそ、

「甘えているのでは?」
「甘やかしているのでは?」

そんな気持ちもありました。

でも、その時初めて気づきました。

罪悪感と、正しい判断は、別物だ。

「犠牲にならないといけない」は、誰かのルールじゃない。

無意識のうちに、私が私に課していたルールでした。


私の人生を守る選択をした

私は、退職を撤回しました。

義母のためではなく、未来の自分のために。
恨まずに介護を続けるために。

冷たいと思われるかもしれません。
でも私は、こう思いました。

自分が壊れたら、介護は続かない。
続いたとしても、形だけになる。

そして義母への恨み。
夫への恨み。
それだけが残る。

「自宅か施設か」は、優しさの問題じゃない。

体制と、持続可能性の問題だった。

そして私の将来の問題でもある。

私の生活が崩れる選択は、できませんでした。


「いい人」で終わりたくなかった

介護って、綺麗な話ではありません。

やる人が偉い、やれない人が悪い。

そんな単純な世界でもない。

私は、いい人で終わる代わりに、
自分の人生を失うのが怖かった。

そして何より、

「誰かのために自分を差し出すことを美徳にして、
後から自分を恨む」

それが嫌でした。

それって、誰の幸せにもならないから。


最後に

「犠牲にならないといけない」と思っている方に、伝えたいことがあります。

その感覚は優しさから来ているかもしれない。

でも、自分を壊してまで誰かを支えることは、誰の幸せにもなりません。

「自宅か施設か」は、優しさの勝負じゃない。

体制と、持続可能性の問題です。

私は、恨みながら介護を続ける未来より、
“恨まずに関われる形”を選びました。

あの日、「絶対に後悔する」と気づいた自分の声を信じてよかったと思っています。

介護は、優しさだけでは回りません。

自分を守ることが、誰かを守ることにつながる。

今はそう思っています。


ずっと、
「自分が変われば、相手も変わる」
と思っていました。

もっと優しく。
もっと我慢して。
もっと理解して。

でも、
自分ばかりを変え続けることで、
苦しくなっていたのかもしれません。

「頑張る方向」を間違えていた頃のことを、
こちらの記事に書いています。

施設に入れると決めてから、お金の現実と向き合いました。
👉「義母が介護付き有料老人ホームに入所。費用の話、全部書きます。」


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