50代|介護って、吐き出す場所がない。だから「介護友」が必要だと思った。
義母の介護が始まって、いちばん困ったのは「何をするか」より、
言えない気持ちでした。
相談窓口はある。
ケアマネさんもいる。
制度もある。
でも――
「このドロドロした気持ち、誰かに聞いてほしい」
その“感情”を置ける場所は、びっくりするほど少ない。
今日はその話を書きます。
育児のときは「ママ友」に救われた
育児をしていた頃。
いつもの時間に公園へ行くと、いつものメンバーがいました。
初めは馴染めなかった。
輪に入るのって、けっこう勇気がいる。
でも、毎日のように会ううちに、少しずつ話すようになって。
夫のこと。
実家のこと。
しんどかったこと。
どうでもいいこと。
気づいたら、自然に全部開示していました。
関係が深くなると、家に行き来してランチしたり。
(と言っても子どもがいるから、ランチはほぼカオス。笑)
育児は大変だったけど、
愚痴も含めて吐き出すことで、気持ちを保てたんです。
あの頃の私は、孤独じゃなかった。
介護は「話題にした瞬間、空気が変わる」
今、義母の介護をしていて思うことがあります。
「このドロドロした気持ち、誰かに聞いてほしい」って。
久しぶりに会った大学時代の友達に、
何気なく介護の話をしてみました。
「へ〜〜そうなんだ。大変だよね。ところで…」
その一言で、私は思ってしまった。
あ、これ以上この話題を出すのはやめよう。
今話すのにふさわしくない話題なんだって。
相手が悪いわけじゃない。
わかってる。
ただ、介護って、どれだけ説明しても
「体感」の部分が伝わりにくいことがある。
もちろん、経験がなくても想像して寄り添ってくれる人はたくさんいる。
それでも、同じ立場の人と話すだけで、ふっと肩の力が抜ける瞬間がある。
そうだと分かっていても。
現実に時間を拘束されて、気持ちも持って行かれて苦しいとき、
「吐き出す場所がない」って、こんなにしんどいんだな…と感じます。
それと共に「孤独だな」って感じる瞬間があるんです。
介護の愚痴は、本人だけじゃない。親戚関係もある
介護の愚痴って、本当に多岐にわたります。
介護される本人のこともあるし、親戚関係のこともある。
そして、ここが一番きつい。
義実家のことになると、夫にも言えない。
自分の親にも言えない。(心配をかけるから)
近い人なら近いほど、言えないんですよね。
私が「しんどい」「腹が立つ」と言った瞬間、
夫にとっては“自分の身内の悪口”に聞こえてしまうことがある。
悪口が言いたいわけじゃない。
ただ、吐き出したいだけなのに。
このズレが、いちばん痛い。
逃げ場がなくなる。
だから私は、ますます黙る。
さらに難しいのは「介護は全員ちがう」こと
介護って、いろんなパターンがあります。
在宅なのか、施設なのか。
遠距離なのか、同居なのか。
何人同時なのか。
親戚関係の濃さ、やりやすさ。
介護度。
ひとりひとりの介護は、同じ形がほとんどない。
だから、自分と“全く同じ環境”の人に出会えるのは稀だと思います。
でも。
介護という大きな括りの中で、
何かの不自由さを抱えて生きている同志であることは、変わらない。
専門家への相談とは別に「介護友」が必要だと思った
そういう「置き場所のなさ」を抱えたまま介護を続けるのは、
想像以上に消耗します。
専門家への相談は大事。
制度を使うことも大事。
でもそれとは別に、
日常のドロドロを置ける場所が必要だと思ったんです。
正しい答えはいらない。
正論で諭されたいわけでもない。
ただただ、日常の困ったことを吐き出す。
それで何が変わるのか?
…たぶん、何も変わらない。
でも、パンパンに膨らんだ心から、少し吐き出せたら。
吐き出した分だけ、新しい空気が入る。
淀んだ心の中に少し余裕ができたとき、
人って「またやってみようかな」って思えるものだと、私は感じています。
私の小さな試み。「介護友スレ」を作ってみたい
Threadsか、noteのメンバーシップで
「介護友の集まり」を作ってみたいと思っています。
実は、Threadsでいったん立ち上げてみました。
まだ「おためし運転」みたいな段階で、これから少しずつ形を整えていくところです。
でも、やってみたい気持ちはちゃんとあります。
「ここなら書いていい」って思える場所があったら、救われる人がいる気がして。
介護って、想像以上に“閉鎖的”です。
だから私は、小さな空気穴を作ってみたい。
まずは、小さく始めてみます。
先にひとつだけ(私は専門家ではありません)
私は専門家ではなく、今現在、義母の介護をしている一人です。
医療や制度の専門的なアドバイスはできないけれど、
「しんどい」を置ける場所は作りたいと思っています。
いくつか決まりを作ってみました
場が安心して続くように、最小限のルールだけ考えました。
・批判なし/説教なし
・お互いの絡みはOK(ただし 否定・マウント・断定はなしで🙏)
・アドバイスは「許可制」or「アドバイスください」のときだけでお願いします。
・書くだけOK/読むだけOK
(返事できない日もあるけど、全部読むつもりです)
書くときは、こんな形でも大丈夫です(もちろん任意)。
・名前(ニックネームでOK)
・介護の形:在宅/施設/遠距離/これから/経験者
・立場:実子/嫁/夫/妻/きょうだい など
・今日聞いてほしいこと
だれも責めない世界を作りたい
誰も批判しない。
誰も責めない。
介護する人って、大抵やさしい人だと思うんです。
だって放って置けないから、その立場に立っちゃった人が多い。
そんな人が「私なんて」って自分を責め始めたとき。
それって、たぶんもうギリギリなんです。
だからここでは、本音で語れる場所にしたい。
介護で自分が潰れる人がいない世の中になったらいいな。
綺麗事かもしれないけれど、私は本気でそう思っています。
「悩みや本音を吐き出せる」
そこが、小さいけれど大きな解決の糸口になるかもしれない。
そんなことを思う、今日この頃でした。
最後に
もし「もう少し深いところまで吐き出したい」と思ったら、noteのメンバーシップにも場所を作っています。
介護のこと、夫婦のこと、自分のこと。 表には出しにくい本音を書いています。
正解はないけれど、「わかる」と思ってもらえる人に届けたい場所です。
〈こちらもあわせて〉
施設の帰り際、義母の一言が今でも残っています。
義母の介護と、自分の人生の間で出した答えを書きました。
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