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気持ちよく寝るために

寝ることが楽しみになっている。
ここ最近、しんどいことが重なったせいもあって、起きている時間が苦痛でしょうがない。処方された抗不安薬を飲んではいるが、それでもしんどい。

ここ数日は、昼過ぎに1日を終わりにしたいと考えてしまっている。
1日を過ごすという営為に背を向け、シャッターを下ろしたくなるのだ。

課題もやることも翌日の自分に放り投げ、布団にもぐってすべてを忘れる。明日の自分は明後日の自分に、明後日の自分は明々後日の自分に、課題をぶん投げるという悪循環だ。負のバケツリレーである。

睡眠時間を取るのはもっぱら良いことだし、このおかげで私は早寝するようになった。
ただ、今の自分の状況は、さすがによくないと言わざるを得ないだろう。

なので、寝るという数少ない楽しみを最大化するために最近の雑感を記しておく。

気持ちの良い睡眠は達成感とともに訪れる。

やるべきことを忘れて眠るというのは、なかなかに難易度が高い。
布団に入ってから悶々と今日できなかったこと、明日やらなければならない憂鬱なことを考えてしまうからだ。
(性格によるだろうが)

睡眠薬を飲んでいるのでしばらくすれば意識は消えるわけだが、まどろみの時間が憂鬱になるのは大問題だ。
なぜこうなるかというと、最近の自分が満足のいく1日を過ごせていないせいであり、自分を許せないせいでもある。

脳内の1日の採点員は、決まって夜に訪れて、だらしない1日に次々とダメ出しをしていく。自分を責めるべきでないと頭では分かっているが、癖なのだからしょうがない。

1日に課題が多いと、意識が途切れる直前まで考え込んでしまう。
眠りも浅くなるし、夢見も最悪だ。
ふて寝の勢いで早寝しまくったが、一向に気持ちは上向かなかった。

やった気になれるハードル


何をどこまでやれば1日に満足できるか。
何かやった気になれるか。
これには個人差がある。

食器を洗っただけで自分に及第点を送れる人もいるが、何をしたとしても減点方式で1日を振り返って絶望する人もいる。

自分を許すハードルが高いと、それこそ無駄に悩むことになる。
悩むと睡眠の質が落ち、ストレスが増え、さらに昼間のパフォーマンスが下がるという悪循環だ。

私は最近、努めて行動するようにしているので、満足のいく1日を送れる日もなくはない。
だが、満足いく活動をした疲労が蓄積され、徐々にペースダウンして振出しに戻ってしまう。結局は自分を責める方向に行くわけだ。
ちなみに今はどん底の時期である。

私が何を頑張っていたのかというと仕事だ。
結果として成果や評価、報酬で自分を測り、いじめるような毎日を送っていた。
結果として、減点すべき所が少しでも見つかるとやる気が失せてしまい、さっさと布団にもぐりたくなるようになってしまった。
本末転倒である。

この状態になって改めて思ったのは、世の頑張っている人たちはすごいな(小並感)ということだ。
たまに繰り出した街ですれちがう彼らは何を燃料にしているのか。不思議でしょうがない。
みんな悩みながら自分に鞭を打っていると考えることもできる。だがさすがに、誰もがそうではないだろう。活動的でありながら、見事に人生も楽しんでいる人もたくさんいるのだ。

その分岐点となるのは、自分を許せているかどうかだ。
自己肯定感にも通じる話だが、
頑張れるかどうかよりも、頑張れないor頑張れなかった自分を受け入れることが大事なのだ。

目標を達成できなくても自分をねぎらえる人、怠惰に過ごしても自分を許せる人は、物事に対する見方が楽観的で、嫌なことがあっても立ち直りが早いように思う。
仕事や人生はよくマラソンに例えられるが、休み休み走れる人が強いんだろう。

そしてそれは、頭で理解しても実践が難しいことでもある。
もはや心の癖の問題だ。
私のような人間は、自分を許そうと考えれば考えるほど、悪循環にハマるのだ。

①自分を許すためにはハイペースで動かないといけない(理想が高い)。
②実行すると疲れる。
③疲れて動けなくなる。
④自分を許せなくなり塞ぎこむ。
⑤ある程度回復したら①に戻る
この繰り返しである。

これが生来の性格なのか、環境由来のものなのかはわからない。
毎日を息苦しくするこの心の癖を誰かがつけたのなら、その人を恨まずにはいられない。

ハードルを下げる方法

さて、このメンタルで生きるのはさすがにしんどいので、最後に1日のハードルを下げる方法について考えてみる。

シンプルに言えば、これからできることは以下の2つだろう。

  • とにかく頑張る

  • 何もしなくてもいいように、環境を変えてしまう

この2択だ。

まず1つめのとにかく頑張ることだが、私にとってはイコール仕事だ。
音を上げようがなんだろうが、自分に鞭打って仕事をすることである。

まぁ、ここまで読んだ人もわかるだろうが、私には無理だろう。
やってみたうえでの実感だ。

動力の乏しい私が頑張ろうとしても、できることはたかが知れている。
頑張ったところで『頑張ってこれか…』という自傷思考に走ることになるのは目に見えているのだ。

頑張ったかな?という自覚を持てる時もあるが、長期的に見るとメンタルが安定しない。薬の量でいえば、むしろ悪化している。

なので、なぜ働くのかというそもそもの問題に考えを戻さないといけないだろう。生活するためには多少の労働は仕方ないとして、それ以上に働いてやりたいこと、欲しい物があるかどうかである。

私にはそれがなかったので、一時的に頑張ることはできても、それで得たお金を有効に使うことができない。お金をもらえるのは嬉しいが、根本にある虚無感を埋めるほどではないのだ。

仕事をする中でバリバリ働くタイプの人間とも関わったが、彼らには常に目標があった。お金を使った娯楽も全力で楽しんでいるようにも感じられた。

私とは積んでいるエンジンも見ている物も違う、と思わずにはいられなかった。彼らはもはや別の人種と考えたほうがいい、というのが仕事人間と関わった感想だ。

私にあるのはただただ精神を安定させたいという渇望だけである。
お金は精神安定のための手段であって、目的ではない。
それだけなら、そもそもお金のために精神を不安定にして頑張る必要もないという話だ。

ただ、私も野生の獣ではないので、人として最低限のお金を稼ぐ必要はある。
そこで考えたのが2つめの
何もしなくてもいいように、環境を変えてしまう』ことだ。

具体的に言うと、固定費を下げてしまうという手である。
最大の固定費は家賃であり、安く済ませるにはシェアハウスがいいだろうと考えた。

そういうコンセプトのシェアハウスも意外とあるもので、中には家賃無料の物件もあった。
ここに住もうかなという候補物件がいくつかリストアップできたところだ。そしてシェアハウスなら光熱水費も折半になる。

おそらく、屋根のついた家でネットするだけならスマホ代込みで2万円もかからないだろう。

食費に関しては、そもそも食にこだわるほうでもないのでそんなに必要ない。税金や嗜好品の予算も欲しいところだが、すべて込みで5~6万円稼げば問題ないだろう。
1年過ごせば税金も下がり、さらに楽になるはずだ。
どんなに悲観的に見ても、ほどほどの労働で間に合う。

自分にノルマを課す毎日を送るより、精神も安定するような気がしている。

突飛な考えに感じるかもしれないが、今よりはマシになるだろうと考えている。
私は人生のレールから降りた弱者だが、もっと徹底的に飛び降りるべきだったと後悔している。何事も中途半端が一番良くないということだ。


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