女一人旅×サンフランシスコ|一枚のチケットで、二つの時代の自分に会いに行く。
女一人旅 #ソウルのベーグルが教えてくれた、私のタイムバケット。編
あの記事を書きながら、私はずっと、別のことを考えていた。
ソウルのベーグルを書くはずが、
指が止まるたびに頭に浮かぶのは、
20年前のサンフランシスコの空気だった。
バス停の前のベーグル屋。
温かい紙袋。
分単位で来ないバスを、ぼんやり待っていたあの時間。
あの記事には「過去と未来が繋がっていく」と書いた。
書いた瞬間は、ただの感想のつもりだった。
でも公開してしばらく経ったとき、気づいた。
私はあの一文で、自分自身に何かを仕掛けてしまっていた。
20代、サンフランシスコに住んでいたある日。
自転車を借りて、ゴールデンゲートブリッジを渡った。
風が強くて、坂がきつくて、息が上がった。
橋の下では、サーファーたちが、冷たい波に乗っていた。

橋の上で立ち止まって、湾を見渡す。
夕暮れが来て、空がピンクとブルーに染まっていった。

その景色を見ながら、私はひとつだけ決めた。
「10年後、また同じ景色を見に戻ってこよう。」
誰かに宣言したわけではない。
手帳にも書くわけでもなく。
ただ、橋の上の風の中で、
私は私にそう約束した。
そしてその約束通り、30歳のとき私はハワイを経由して、もう一度この街へ飛んだ。

ハワイで2〜3泊して、翌朝サンフランシスコへ向かった。

あの街に降り立った瞬間、空気の冷たさで「戻ってきた」とわかった。
再びゴールデンゲートブリッジへ向かった。
今度は自転車ではなく、橋を遠くから眺めた。
10年前と同じ橋が、同じ場所に立っていた。

そしてサウサリートへ。橋を渡った先の、あの静かな町へ。

帰りはフェリーで湾を渡った。
橋が逆光の中に霞んでいた。
約束を果たし満足気にサンフランシスコに戻っていた。

直感のままに今を楽しむ天才だった、
あの頃の私。
そのベーグルの記事を書き終えてしばらく経ったころ、一冊の本を読んだ。
『DIE WITH ZERO』。

最初に刺さったのは、こんな一文だった。
「人生でしなければならない一番大切な仕事は、思い出作りです。
最後に残るのは結局それなのですから。」
私は長い間、「人生は壮大な暇つぶし」という言葉に救われてきた。
でも、この一文はそれよりも遠くの時間を見せてくれた。
この一文に出会ったとき、時間軸がすっと伸びるような感覚があった。
そしてもう一つ。
「素晴らしい体験は、その後の人生で何度も思い出され、
複利のように幸福感を生み出し続ける。」
あ、と思った。
20年前のサンフランシスコのベーグルが、
ソウルの韓屋の中で突然蘇ったあの瞬間。
あれはすでに、複利だった。
私は本を読む前から、それを体で知っていた。
そしてもう一つの言葉が、静かに背中を押した。
「今、リスクを取れないなら、いつ取れるのか。」
1年前、ロサンゼルスのErewhonで私は気づいていた。
選ぶことは、価値観の表明だと。
日々の小さな選択の積み重ねが、いつの間にか自分の輪郭をつくっていくと。
DIE WITH ZEROはその感覚を、
もっと大きな時間軸で言葉にしてくれていた。
漠然と今を楽しむだけでなく、
意図と期限を持って、未来をセットする。
ジグソーパズルのピースが、カチッと嵌まった音がした。
そのとき、もう一つの引力が重なった。
BTSのRMが、SFMOMAでキュレーションを手がけた展示を開くという。
「Between You and Me」
会期は2026年10月3日から。
私が誕生日の11月、展示はちょうど真っ只中にある。
RMのコレクションから初めて公開される作品200点と、
SFMOMAのコレクションが対話する構成だという。
東と西、
韓国とアメリカ、
モダンとコンテンポラリー。
境界線を橋に変えようとする展示。
詳細を調べていて、息が止まりそうになった。
その展示の中に、ジョージア・オキーフがいる。
20代の私が、雑誌の一ページで出会った人。
骨盤の骨の空洞から、ニューメキシコの青空を覗かせた人。
「私はただの画家だ」と、生涯誰の解釈にも屈しなかった人。
オキーフが1940年代前半に描いた「骨盤」の連作。
クローズアップされた真っ白な骨の「空洞」の向こうには、ニューメキシコの吸い込まれそうなほど深く、澄んだ青空が広がっています。
過酷な太陽に晒されて風化した骨と、永遠を感じさせる空の青。
そのコントラストは、見る者に言葉にできない生命の循環や、宇宙的な広がりを感じさせます。
当時から批評家たちは、この骨のくぼみや穴を「女性の身体やエロティシズムの象徴」と盛んに解釈しました。
しかし、オキーフ本人はそのレッテルを生涯激しく否定し続けます。彼女にとって骨盤は性的なシンボルではなく、無駄なものがすべて削ぎ落とされた「自然界が作り出した究極のフォルム」でした。
彼女は「女性画家」として特別視されるのを嫌い、どこまでも一人の画家として、その純粋な造形美と空間の広がりを描きたかったのです。
本人が否定したとはいえ、私たちがそこに圧倒的な生命のエネルギーを感じ取ってしまうのは、ある意味で必然かもしれません。
生命を宿し、支え、生み出す中心にある骨盤。
それが肉体を失ってもなお、白く美しい器のような形を保ち、無限の空を抱いている――そのビジュアルそのものが、私たちの本能にある「生命の根源」のイメージと深く結びつくからです。
流行や他人の評価に一切流されず、自分の心が震えた美しさだけをキャンバスにぶつけた「徹底して自立した生き方」。
それこそが作品に宿っているからこそ、あの骨盤の絵は、時代を超えて今も私たちの心を強く刺激し続けています。
後年の自著『Georgia O'Keeffe』(1976年、Viking Press刊)、
『Georgia O'Keeffe: A Life』ロクサーナ・ロビンソン著
彼女はずっと憧れのまま、
どこか遠い存在だった。
それがRMの手によって、私が20年前に約束を交わした街の、
あの美術館にいる。
一枚のチケットで、二つの時代の自分に会いに行ける。
RMは「境界線は橋になる」と言った。
オキーフは「私はただの画家だ」と凛として立ち続けた。
どちらも、他人の解釈に屈しなかった人の仕事だ。
そして今の私に必要なのは、たぶんそういう空気だと思った。
直感を、言葉と数字に翻訳する。
私は決めた。
今年の誕生日に、もう一度サンフランシスコへ行く。
騒がしい理由は何もない。
誰かに背中を押されたわけでも、勢いで決めたわけでもない。
ただ、腹の底からカチッと決まった感覚があった。
あの橋の上で約束を交わしたときと、同じ種類の静けさだった。
20代の私は、橋の上で未来の自分に約束した。
30歳の私は、その約束を果たしに飛んだ。
そして今の私は、また新しい約束を仕掛ける。
今度は直感だけじゃない。
意図と期限がある。
タイムバケットに、名前と日付が入った。
RMの展示があの街にある。
オキーフが、あの美術館にいるかもしれない。
そして、20年前に自転車で渡った橋は、今もあそこに立っている。
過去の約束を果たした街で、未来の自分に新しい約束を仕掛ける。
骨盤の穴から覗いていたのは、青空だった。
死んだものの向こうに、無限が広がっていた。

私はあの絵の前に立って、何を感じるだろう。
その答えは、11月にしかわからない。
20年前の私が待っている、あの街へ。
だから私は行く。
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