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小さな庭、音楽という居場所

 昨年の11月だったか、岐阜の庭文庫で木村さんの展示があり、木村さんがその展示の中で「僕の本をそのまま展示」(展示という一般的な枠の概念を取り払ってくれたんだと思う、そういうのもアリだよねっていう)くださっていたことを、庭文庫のSNSで知り、うわぁ嬉しいな、有難いと思っていた。

その時、庭文庫の店主の百瀬雄太さんと「また会いたいですね」なんて言葉を交わしていた。

 自分が東京という都会にいること(と言っても住んでるところは自然豊かで田舎みたいなところだが)、仕事のこと、そういう関わり合いの中で日常を送っていると、「あぁ人間やってると疲れるなぁ」とたまに思い、ぐったりして、やるべきことをほったらかしてダラダラとスマホを見てサボってしまう(スマホのSNSの中も、まあ人間だらけなわけだが。。。)。のび太くんの昼寝をずっとやっているようなものだ。

 そんな中、庭文庫の百瀬さんの投稿を見ていると、あの優しい響きの声が文章と共に響いて、何だかホッとしてしまうのだった。
 奥さんのみきさんによると、あのいつもの長文の投稿は、ほんの数十分でスラスラ書いてるという。初めてそれを知った時には驚いたが、今ならその感覚がわかるような気がする。僕のこの文章も、ゴールを決めずに抽象的に書きたいテーマだけを決めて、うまく見せようとか考えず、無意識にその時その瞬間に浮かんでくる言葉をその場でキャッチしながら、気負いせず力を抜いて、深く息を吐くようにして書いている。

 ある日、百瀬さんが東京に来ることをSNSで知り、当日は予定があって、時間通りに目的の場所へ行けるかわからず、どうしようかな、でも会いたいなと身体が勝手に動く感じだった。なんだかこの感覚は徳島に旅した時の感覚に近い(敬愛する画家の展示があって、行くっていうことはその画家には言わなかった)。会いたいという一心、会いたいという想いに身体が満ちているという感じだろうか。

 井の頭公園内の目的の場所に近づくと、百瀬さんのうたという灯火が聴こえた。一緒に聴いていた初めましての方が「音楽って空間的ですね」と仰っていたが、ほんとうにそうだと思う。
 京都の下鴨ロンドでの百瀬さんのライブ配信を聴く。人前でこういうちゃんとしたライブをやるのは約8年振りだとか。その期間の長さ。人間をやめたいまでに傷つき、人間に対して歌えなくなり、草や木に対して歌いかけ、そしてまた人間に戻ってくるという、その年月の長さ・プロセスのことを想う。それまでの彼の修行の行程を遠くから見守っていた。百瀬さんの生誕祭も行きたかったな。。。その時の勢いと、また岐阜に行くにはもっと稼げるようにならないとなという現実的な壁もあった。

インスタで百瀬さんが庭で歌っている動画をみる。 うたが百瀬さんを探している。苦しそうに歌っていると書かれているのはそういうことなんだろう。 詩と声が合わさって「うた」だ。どうしても詩を持てない楽器奏者にはこの境地にいけない。

純粋なひらがなになってほどかれた言葉が霊体をもち、空間に絵を描いているようだ。 悲しみは愛しみだ、という若松さんの言葉を思い出す。多分、半音というか微妙な音程感でぶつかっている箇所で、どうしてこんなに悲しいのに美しさを感じるんだろう。ああ落涙した。



 久しぶりの百瀬さん。ドキドキしたけど、会えて良かった。

 「揺れる湖面、虫の鳴き声、そういった自然に混ざって人間という自然になればいい」とふと思った。虫や自然のざわめきに乗って百瀬さんの声が響く。心地好かった。人間もまた自然の一部なのだから。

 演者と聴き手がお互いにステージマナーを何も気にしないところが良い。演者はやりたい時にやる。耳を傾けても傾けなくても良い。自由にして。拍手もしたけりゃする。
 百瀬さんのうたはなんだろう、鈴虫や鳥の心地好い鳴き声を聴く感覚に近いのかな。それは人間という自然の声。百瀬という樹が歌っているような。咲きたい花を咲かせて光を灯らしている。その樹の元に集って憩う。聴いていると僕の中の自然がムクムクと動き出し力が抜けてくる。日常生活で失ってしまった「優しさ」を取り戻すことができる。

 歌の合間には、そこで偶然集った人達ととりとめのない話をする。百瀬さんがふと「庭ができてるね」と仰った。人という場所になる。うたという心の灯りに包まれて小さな庭ができる。

 百瀬さんが「出張する庭文庫」のことを少し語ってくれた。東京に戻ってくる時にはソロアーティスト・個としての百瀬雄太に戻ってこれる場所になったら良いな。樹は移動できないけど、人間は移動できる樹になれるのだから。そういう人間としての特性を活かせれば。その周りに人間という自然が集い小さな庭ができていく。ありがとう。東京にも根を広げていきましょうね。

小さな庭がそこにはあった。確かにそう。いた。俺は俺を出張する庭みたいにしようかと思い来た。いや。そういうふうに俺は俺を人に出し、それでお金を得たりするのだとあちらで考えもした。こういうことだったのかとなにがひとつわかった。なにがわかったのかはよくはわからないが。でも俺は庭であり彼や彼女も庭であり、そこには共にが庭である時場所が確かに生えた。そういうことなのかもしれないなにかが。なにか。


 初めましてのしほさんの感性にハッとする。ベースが好きで、アコースティックベースを弾いているという。低音が好きなんて珍しいね。嬉しくなる。暗闇の中で緑色の絵の具をほぐしながら小さなノートブックに絵を描いている姿が印象的だった。


庭文庫の百瀬さんが井の頭公園で歌うってきいて、絵を描きに行こうと思った。

暗くて、まったく何も見えなかったけど、音を頼りに筆を滑らせるのは、水を手でひっかくようで、気持ちがよかった。

お店をやっていて思う。

やっぱり人は、お店や空間じゃなくて、人に集まるんだなと思う。

誰かがいる場所。そこは、だれかの目的地にもなって、居場所になる。

特別なことをしなくても、自分がここにいることが、だれかの居場所になってたらいいと思う。

 そして初めましてのみほさん。「抵抗のためのレシピ」という本から、パレスチナ料理を作り始め、まず肌感覚でパレスチナの文化を読み取ろうという姿勢に感銘を受けた。美味しそうな料理の写真を見ていると腹が減ってきた。


 あの時できた「小さな庭」のことを想う。不二子さんの話ともリンクする。不二子さんは、「あなたは駅のような人」と言われたことがあったという。人間なんだけど「場所」なんだと。「あなたのいる場所が全部駅になる」「人と情報が行き交う場所になっている」駅舎に人が集うみたいなイメージだろうか。

 僕がいつも演奏動画をひとりで弾いてひたすらアップしているのも、自分で自分の居場所を作ろうとしているのかもしれない。今は僕と楽器と音しかない。周りには誰もいないと感じる。たまに寂しいと思ってしまう。読経するように音楽にひたすら身を捧げていく修行だとも思っている。好きなように弾いて、ミスもそのままに記録に残してしまっている。こんな僕の音が誰かに届くのだろうか。いつか。死ぬまでにいつか。
 
 そんなことを思っていたら、横浜の方にいる兄のような人から久しぶりにジャズ演奏の話がきた。他の人間と一緒に合奏なんて2年位やっていない。それこそジャズにはたくさんの幸せも傷つくこともあって、恐怖症なところがまだ残っているけど、やってみようかな、その人とは会いたいし、と思っている。どうなるかな。僕も完全に傷から回復するまでには8年なのか、それ位かかる気がしている。これからも修行していこうと思う。


収拾がつかないほど混線した心も頭も、いくつもの人格も、音が鳴れば皆そこへ集中し取り込まれる。とてもひとり分とは思えない感情や意識も、音楽と共にあることで一気に結束する。その力は計り知れないもので、私は平伏すしかない。それがとてつもない幸せなのだと、改めて感じる一日だった。生きる。生きていたい。いつか訪れる最後の息の、その時まで。歌と共に、音楽と共にありたい。私の、この上なく大切な、たったひとつの居場所。

青葉市子「混線と結束」(『星沙たち、』より)




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