あのまま香港で育っていたら、娘たちはどんな子になっただろう。オランダと沖縄を経て気づいた「余白」の話
香港には何でもある。でも、少ないものがある。それは「余白」だった。12年暮らした香港に戻り、オランダと沖縄を経た今だからこそ見えた、子どもが育つ場所と時間の話。
こんにちは、リアル孟母ベティです。まだ香港にいます。
前回の記事では、久しぶりに香港へ戻ってきて、「故郷は待っていてくれた。でも、昔のままではなかった」という話を書きました。
今回は、その続きです。

やっぱり香港はグローバル都市
香港に戻ってきて、何度も思いました。
やっぱり香港はすごい。便利で、速くて、刺激的で、情報量が多くて、人が多くて、選択肢が多い。
食べたいものは何でもある。
行きたい場所にはすぐ行ける。
街は夜まで明るく、人はよく働き、子どもたちもたくましい。
香港には、エネルギーがあります。
あの街のスピード感。
次々に来るMTRの列車。
人の込み具合と早歩きの人たち。
狭い場所にぎゅっと詰まった店、人、看板、音、匂い。
久しぶりにその中に入ると、身体が一気に香港モードを思い出しました。
ああ、そうだった。
ここはこういう街だった。
ぼーっとしていたら流される。
のんびりしていたら置いていかれる。
でも、その速さの中で生きるからこそ、人は鍛えられる。
私は香港が好きです。心から、好きです。
でも今回、オランダと沖縄を経て香港に戻ってきたからこそ、気づいたことがありました。
香港には、何でもある。でも、香港に少ないものがある。
それは、「余白」でした
何も決められていない時間。
目的なく歩く時間。
ぼーっと空を見る時間。
今日、何もしなかったなあと思える時間。
急がなくてもいい空気。
香港にいると、どうしても予定が入ります。
会いたい人がいる。
行きたい場所がある。
食べたいものがある。
やることがある。
移動もある。
情報も入ってくる。
楽しい。
本当に楽しい。
でも、ずっと何かをしている。
街そのものが、「さあ、次!」「もっと!」「早く!」と言ってくるような感じがあります。
なんでもあるし、TVをつければ広東語でも北京語でもイギリスのネイチャー番組でもアメリカのバラエティ番組でも入ってくる。
学生であれば次々と小テストに追いかけられ、ほっとする間もなく育っていく、そんな街でもあります。
その感覚は、私が香港で子育てをしていたころには、あまり疑問に思っていませんでした。
それが普通だったからです。
長女と次女は、香港で生まれ、11年間育ちました。あのまま香港で育っていたら、娘たちはどんな子になっていたのだろう。
今回の滞在中、私は何度もそう考えました。
きっと、もっと都会的な子になっていたと思います。
人混みに強く、移動に強く、英語にも広東語にも中国語にも、もっと自然に囲まれていたかもしれません。
友だちとの距離感も、情報の取り方も、世界を見る目も、もっと香港的だったかもしれない。
競争にも強くなっていたかもしれません。
狭い場所で上手に暮らす力。
人の多さに負けない力。
自分の欲しいものを見つける力。
スピードに乗る力。
香港で育ち続けていたら、娘たちはそういう力をもっと身につけていたのではないかと思います。
それはそれで、すごく魅力的な人生だったと思います。
香港で育つことには、ものすごい価値があります。
世界の現実が近い。
お金の流れが見える。
多国籍な人たちがいる。
街全体がグローバルで、子どもにとっても刺激が多い。
香港にいれば、子どもは否応なく「世界」を感じます。
正直に言えば、私は香港を離れたことで、娘たちから何かを奪ったのかもしれない、とも思います
教育移住は、何かを得る選択です。でも同時に、別の可能性を手放す選択でもあります。
だから私は今でも、「香港を離れて正解だった」と簡単には言えません。
日本の地方で暮らしているだけでは見えにくい、スピード、競争、多様性、現実感。
それらを肌で感じながら育つことは、やっぱり大きな財産です。
香港で生まれ育った娘たちは、今でも街への反応が早い。次女はもともと地理感覚が強く、一度通った道をよく覚えている。今回も、私が「大丈夫かな」と思うような場面で、娘たちは案外すっと街の中へ入っていきます。
でも一方で、オランダに住み、沖縄に住んだ今の私は、こうも思うのです。
子どもには、「余白」も必要だったのではないか、と。
オランダにいたとき、私は最初、その余白に戸惑いました。
店は早く閉まる。
日曜日は静か。
子どもたちは塾なんかいかない。
公園に行く。
何もない時間がある。
香港のように、次から次へと刺激が来るわけではありません。
でも、その何もない時間の中で、子どもは自分で考える。
今日は何をしよう。
誰と遊ぼう。
どうやって行こう。
何を見よう。
親が全部用意しなくても、子どもが自分の時間を使い始める。
それは、香港にいたころの私には、あまり見えていなかったことでした。
沖縄に来てからも、同じことを感じました。
沖縄には、都会的な便利さはありません。
今沖縄中部に住んでいますが、正直、不便です。
外食の選択肢も限られる。
移動も大変。
欲しいものがすぐ手に入らないこともある。
刺激も少ない。
夜9時には寝るような生活。
でも、空があります。
海があります。
夕焼けがあります。
何もない日があります。
子どもが、ただ海を見たり、猫と遊んだり、車の中でぼーっとしたりする時間があります。
以前なら、そういう時間を「もったいない」と思っていたかもしれません。
何か学ばせないと。
何か経験させないと。
何か身につけさせないと。
でも今は思います。
何もしない時間の中でしか、育たないものがある。
急かされない時間の中でしか、聞こえない自分の声がある。
誰かに評価されない時間の中でしか、見えてこない自分の好き嫌いがある。
香港は、子どもにエネルギーとスピードをくれる街です。
オランダは、子どもに自分で動く余白をくれる場所でした。
沖縄は、子どもに立ち止まる時間をくれる場所です。
どれが正解という話ではありません。
香港に残っていたら、娘たちはもっと強く、もっと都会的に、もっと機敏に育っていたかもしれない。
オランダに行ったからこそ、世界の中での自分の位置を少し引いて見ることができたのかもしれない。
沖縄に来たからこそ、ゆっくり考える時間や、自分のペースを取り戻す時間ができたのかもしれない。
どの場所にも、得るものがある。
そして、どの場所にも、失うものがある
教育移住というと、つい「どこが一番いいのか」という話になりがちです。
香港がいいのか。
日本がいいのか。
オランダがいいのか。
インターがいいのか。
現地校がいいのか。
オンライン校がいいのか。
でも、今の私は少し違う見方をしています。
場所には、それぞれ子どもに与える空気がある。
スピードを与える場所。
自由を与える場所。
余白を与える場所。
競争を与える場所。
安心を与える場所。
不便さを与える場所。
そして、親が考えるべきなのは、「どこが正解か」ではなく、「今のわが子に、どんな空気が必要か」なのだと思います。
もし香港で子育てを続けていたら、私は意識して余白を作る必要があったのだと思います。
予定を入れない週末。
目的のない散歩。
何もしない午後。
親が答えを出さない時間。
子どもがぼーっとすることを許す時間。
自分で自分の時間をどう使うか、ゆっくり考える余白。
たぶんそれは、香港だからこそ、親が守ってあげるべきものだったのかもしれません。
そして今、オランダと沖縄を経て、私はようやくそれに気づきました。
あのまま香港で育っていた娘たちにも、きっと素晴らしい人生があった。
でも、香港を離れた娘たちにも、ちゃんと別の形の成長があった。
どちらか一方が正解だったわけではありません。
ただ、場所が変われば、育つ力も変わる。
それだけは、確かだと思います。
今回、娘たちは香港で昔の友だちに会い、長州島のパパの友人の家に何度も遊びに行き、香港の街を楽しんでいました。
旗のことには悲しんでいた。
変わってしまった香港も感じていた。
でも、それでも笑っていました。
自分たちが生まれた街を、今の自分たちの足で歩いていました。
それを見て、私は思いました。
香港で育った時間も、オランダで過ごした時間も、沖縄で生きている今も、全部が娘たちを作っている。
どれかひとつを選び直すことはできない。でも、どれも無駄ではなかった。
あのまま香港で育っていたら、娘たちはどんな子になっただろう、と思います。
その答えは、もう分かりません。
でも今、目の前にいる娘たちは、香港を懐かしみ、変化に胸を痛め、それでも友だちに会って笑い、自分たちの足でまたこの街を歩いている。
それで十分なのかもしれません。
香港には、スピードがある。
オランダには、自由があった。
沖縄には、余白がある。
そして子どもたちは、その全部を少しずつ持って、大人になっていく。
だから私は、今回の香港でこう思いました。
香港を離れたことが正解だったかどうかは、今でも分かりません。
でも、香港を離れたからこそ見えたものがある。
それが、余白でした。
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