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元No. 1銀座ホステスのまぁまぁ面白い人生 / はじめてのnote / 自己紹介

これは、絵に描いたような貧乏育ちの私が銀座という街でいろんな人に出会い、
高い世界に登るために葛藤する本当の話です。

学歴も知識も乏しかった私が、銀座のクラブで一流の人たちを見て感じたこと。成長したこと。
No. 1になるためにしていたことなど。

銀座のクラブで身につけた、人に好かれる技は、
お昼のお仕事や人間関係をうまく築く上でも使えると思います!いろんな職業の方に読んで使っていただきたいです。

そして今、ホステス時代を終えて
改めて思う大切なものについて書いていきます。よかったらご覧ください。


スラム街からの脱却

私は平成4年に、東京からほど近いとある街に生まれました。

小さい頃の記憶はほぼないですが、物心ついた時には親は離婚していて、よく聞く祖父母に育てられました。というやつ。(聞かないか?)

んまぁ〜絵に描いたような家庭でして。
親父はギャンブル好き、借金持ち、ほぼ家にいない!みたいな笑

祖父母はそんな中、アルバイトしながら。そしてたまにわたしの同級生の親に頭を下げてお金を借りながら、私を頑張って育ててくれてはいたのですが。

常にギリギリの自転車操業生活。
明日は何食べればいいんだろう、なんて毎日のように思っていたわけです。

そして担任の先生に呼ばれるのは常連(悪いことをしてるわけではない。)で
「給食費はいつ払われるか、おばあちゃんに聞いてくれるか?」と、大人たちはとっても申し訳なさそうに聞いてくれるのである。

給食費だけではなく、
校外学習費用とか、入学時に必要なものを買う費用(制服や教材費)などもそうだった。

私も本当に常に色んなことを我慢していたので(あんな子供が自分の感情を抑えて、グレずによく育ったな。と自分を褒め称えたい!)

そして、色々と限界になった18歳の頃、今でもたまにあるが、ふと感情が爆発するという事件が起きてしまうのである。

最初で最後の反抗期

本当に若気のいたりというか、しょうもない反抗なのだが、当時留年して同じクラスになっていた男の子と、家出をするのです。

ここで人生初めての、悪いこと。
とはいっても、お酒を飲んだりするのでもなく、ただ海でぼーっと時間が経つのを待つだけ。

普段全く悪いことをしてなかった私なので、案の定すぐに周りの人がパニックになり、大の大捜索。

祖母から連絡をもらった母親が当時の彼と私を迎えにきてくれたのです。それが今の私の育ての親パート2! (と言ってもリアル生みの親なのだけど。)
そしてそのまま、2人の家に引き取られることに。

やっとの思いで卒業

そんなこんなで乗り越えた中高6年間。
やっと高校卒業が決まった時、先生は「本当に、本当に、よく負けずに頑張ったな…」と泣きながら抱きしめてくれた。

先生から帰りに渡された手紙にはひとこと
【笑顔を忘れないこと。それが◯◯のいいところなんだから。】

今でも思い出すと涙が出るくらい、心温まる出来事。わたしはこういう周りの人に恵まれて育ったため、グレずにここまで来られたと思う。

ちなみにわたしはなぜか中学の時も、高校の時もそれぞれ3年間同じ先生だった。
今でも名前と顔をハッキリと覚えている。
ずっと大好きな2人の先生です。

新しい未来が始まる予感

そして母とその彼に引き取られたあたりから、人生がパタっと変わった。今でもそう思う。
やっぱり自分を変えるのは良い意味でも悪い意味でも【周りの環境】だと。

母は美人なので、とても恵まれた生活をしていて、
失われた時間を取り戻すかのように私に優しくしてくれた。

しかしさらにびっくりなのは母の彼!(結婚はしてないが義理父と呼ぼう。)

義理父は若いのに、きっと愛情深い人なのだろう。どこに行くにも私を一緒に連れて行ってくれた。

母は時に自分の服を着せてくれて、
いいレストランに行ったり(ほぼ外食もしてなかった私にとってはかなり新鮮。)

初めての海外、だったり。
初めてのフェス、だったり。

とにかく今まで経験できていなかったありとあらゆる初めてのこと、を経験させてくれたのです。

そして知らなかった世界を知った私は【私もいつかこの世界にはいるぞ〜!】と心のどこかで思い始めたのでした。

誰よりも働いていた時

そこからはお金を稼ぐために無我夢中で働いた。
居酒屋、コンビニ、ゲームセンター、たまに昼キャバクラ。
とにかく働きまくったあと、輸入車専門店の車屋さんに就職。

んまぁかなりブラックで、憔悴した私は2年ほどしたあとに取引先だった都内の有名ディーラーのスタッフさんに声をかけてもらって、そちらに転職するのである

ディーラーだったので働く時間が決まっていて
ショールームが閉まったら割とすぐに職場を出られたので、わたしはすぐにその後出勤できるバイト先を探しました。

銀座の並木通りにある、着物で料理を運ぶ仕事。(今でもあるのかな?)に面接に行った帰り道。

なんと並木通りで超老舗の銀座のクラブのスタッフさんにスカウトされるのです。

そして入るべくして銀座へ

「一回見に来てください。絶対後悔はさせませんから。客層も政治家や、歌舞伎役者などです。きっとあなたの人生にいい出会いになります。」と、信じられないくらいシツコくて(今思えば本当に大感謝!命の恩人!名前も覚えてないけど。)

とりあえず親にも相談したあと、
一度面接で店内見学に行くのでした。

(後に知ったことだけど、母は、スラムで育った私に銀座は無理だろう、揉まれておいで!と思っていたそう。そりゃ私でもそう思う笑)

そして、そこからまた世界が変わった。

本当あった銀座の世界

嘘じゃなかった。
テレビで見てた人たち。名前を知ってる、有名なあの企業の社長。

これは、成り上がりへの1番の近道なのでは?と思った私は、すぐに働くことを決めました。

朝から夜までディーラーに出勤、そのあとはそのままタクシーでこそこそ銀座のクラブに出勤、
というハードスケジュール!

ランチは15分で食べて残りの45分は仮眠。周りの人は気がついていただろうなぁ…

しばらくそんな生活をバタバタとしていたのですが。どっちも中途半端だと、どっちで成果を出すこともできない!と、ふと思い立って。銀座一本になるのでした。

ここである程度稼ぎ始めていた私は、
通勤の時間が勿体無い!と都内にマンスリーマンションを借り、22歳ごろには第2の実家を出ることに。

クラブ独特のルール

銀座は、キャバクラと違って係とか枝のルールがあるので、自分の売上はなかなか初店舗では付きづらいですが。

オーナーママのお店だったり、いいお店だったりすると【係替え】をしてくれたりもする。

頑張って同伴をした私はまぁまぁお姉様たちから好かれ、その枝を分けてもらう事も増えた!(枝というのは、メインのお客様のお連れ様など。)

運命の出逢い

そんなこんなですこーしずつ地道に係りをもらって行った私は、銀座初店舗にも関わらず多少の売り上げがついてくるようになった。

そしてある日、お客様を迎えに行った一個下の階のクラブでとある黒服に出会ったのであった。

続く 

2話目以降はこちら↓

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