1億円より先に、会社の外の自分が育っていた
異動のたびに、若いころは考えていました。
自分がいなくなっても、大丈夫か、って。
けれど、結果はいつも同じでした。
仕事は止まらなかった。
誰かが引き継いで、チームは動き続けました。
私がいた痕跡は、しばらくすると、
きれいに消えていました。
替えが効く、ということを、
体で知った瞬間でした。
会社の中の自分には、輪郭がありません。
そう気づいたのは、わりと早かったです。
名前じゃなく役職で呼ばれる。
評価されるのは、私という人間ではなく、
私が出した数字。
それが悪いことだとは思っていません。
組織はそういうものだし、
私もその恩恵を受けながら働いています。
ただ、「凡人太郎」という名前を持つ前は、
会社の外に、自分の輪郭がありませんでした。
noteを始めたのは、
1億円を超えたことがきっかけでした。
NISAでインデックス投資を続けてきた資産が、
そこに届いた年のことです。
最初は投資の話を書いていました。
オルカンやS&P500の仕組み。
ポートフォリオの設計。
暴落との付き合い方。
有益な記事を届けようと思って、
ずっと書いていました。
読まれるのは嬉しかった。
でも、どこかで「情報」として消費されている
感覚がありました。
私が書いたのではなく、
私が調べたものが読まれている、という感じ。
届いていたのは、言葉ではなく、数字でした。
転機になったのは、ある記事でした。
「資産1億円の正体は「自由」じゃなかった。
GUを着る億り人の頭の中」
投資の話ではなく、1億円になっても変わらない、ただの生活の話でした。
GUを着ていること。
松屋でご飯を食べていること。
たまに行くカフェで周囲おしゃれな人に同化することで、自分までそんな気分になること。
役立てようという気持ちは、
正直ありませんでした。
こういう人間が、
投資の話を書いているということを、
見てもらえたらそれでいい。
そういう気持ちで書きました。
翌日の昼休みにnoteを開いたら、
通知の数字が増えていました。
スキが増えていた。フォロワーが増えていた。
私はコメントだけ通知にしています。
だから、コメントが来ると気づきます。
昼休みにスマホを開いて、コメントを読む。
もういい歳なので、
仕事で褒められることなんてあまりありません。
あったとしても、
たいていはリップサービスです(笑)。
でも、noteのコメントは、違う気がします。
見ず知らずの人が、わざわざ書いてくれた言葉。
リアル(現実)じゃないのに、リアル(本物)。
変な感覚ですが、
そういうことだと思っています。
そのとき初めて、ほんの少しだけ思いました。
「凡人太郎という人間に、
興味を持ってもらえたのかもしれない」
誰かの役に立つために書いた記事ではなく、
自分をそのまま出した記事が、刺さっていた。
ここでは、少しだけ違う目で見てもらえている。
なんか、変な感じがしました。
悪くない、変な感じ。
その悪くない感覚が、
じわじわと積み上がっていきました。
会社では、ただの社員です。
noteでは、凡人太郎です。
会社にいると、自分より先に役割が来る。
noteでは、役割より先に自分が来る。
どちらが本当の自分か、
みたいな話じゃありません。
両方、本当の自分です。
あなたは今、会社の外に、
自分の輪郭がある場所がありますか。
noteやSNSじゃなくてもいい。
趣味でも、地域でも、昔の友人関係でも。
その場所で、
最後に名前を呼ばれたのは、いつですか。
私はそれを、探して作ったわけじゃありません。
投資を始めたのは、
お金を増やしたかったからです。
noteを始めたのも、そのつながりでした。
でも気づいたら、私は会社員をやりながら、
少しずつ会社の外の輪郭を育てていたのかもしれません。
それが目的だったわけじゃない。
でも、そうなっていました。
仕事以外に、輪郭を持てる場所がひとつあると、日常が、ほんの少しだけ変わる気がします。
今日も会社では承知しましたと言います。
noteでは凡人太郎として、書き続けます。
凡人太郎
会社の外の輪郭を育てていく過程を、
これからも等身大で書いていきます。
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転機になった記事です。
もし、少しだけお時間をいただけるなら、
読んでいただければと思います。
次は、暴落と自信と自問自答の話。
億り人になった今。
あらためて、これまでの投資を振り返ります。
何が良かったのか。
資産が増えた理由を客観的に分析する話です。
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