【ドラクエ3】が教えた「役割」と「探求」の作法
「ドラゴンクエストIII そして伝説へ」
1988年にファミリーコンピュータで発売されたロールプレイングゲーム(RPG)です。
前作「Ⅱ」・前々作「Ⅰ」の要素を統合したことで日本のRPGの「王道」を確立した、シリーズ屈指の傑作です。説明は不要ですよね。
「RPG」といえば勇者・戦士・僧侶・魔法使い。
もはやテンプレともなっている組み合わせ。
それだけドラクエ3が与えた影響は大きいといえると思います。
1. リアルな「役割演技(ロールプレイング)」の基礎
RPG、すなわち「ロールプレイングゲーム」。
幼少期のわたしはそれを知ってか知らずか、ドラクエ3のプレイには常に友達の存在がいました。
勇者にはもちろん自分の名前を入れ、
戦士は、がっしり頼れる男の友達。
僧侶はその弟。無邪気な優しい子。
魔法使いは少しいじわるなアイツ...みたいな。
集合場所は必ず、戦士&僧侶の家。
ドラクエ3をプレイする為だけに集まった
我々4人の友達パーティは、
それぞれの職業を演じながら進めていきました。

誰かがレベルアップすれば皆で喜び、
イオラで敵を蹴散らせば「すげぇ!」と
皆で盛り上がりました。
ドラクエ3のシステムからは
「勇者一人の力ではなく、明確に役割分担されたチームの力で世界を救う」
という基礎を教わりました。
僧侶がいなければ回復ができない、
魔法使いがいなければ強力な全体攻撃ができない。
戦士が居なければ次の町へたどり着けず、
途中で力尽きているかもしれない。
この「役割への信頼」と
「王道的なチームワークの心地よさ」こそが、
わたしにとってのRPGの原点となっていると思います。
2. 物語の楽しみ方の「作法」としての想像力
そしてもう一つ、ドラクエ3で学んだのが、
ゲームにおける物語の楽しみ方の「作法」です。
それは「想像力」あるいは「創造力」でした。
わたしがドラクエ3に触れた頃、
インターネットというものはありませんでした。
今見るととても小さなドット絵ですが、
この小さな情報量から、わたしたちは想像を
膨らませて物語を楽しんでいたのです。
これは、画像が綺麗になった昨今のゲームでは
得られない、濃密な体験だったと思っています。
ゲーム内では直接表現されない、
伝説の武器や防具の秘話。
明かされない町人の過去。
モンスターの知られざる歴史。
こうした隠された構造や裏設定は、
文献(本)を通じて知るもので、攻略本、
ゲームブック、雑誌、果ては「ドラクエの秘密」や
「アイテム物語」といった考察本にまで手を出していました。
ゲームの画面の外側にある情報まで含めて
物語の全体構造を理解しようとする。
この「探求の作法」こそが、その後のゲーム観の原点になったと思っています。
3. 理不尽さがエネルギーだった
昨今のゲームは非常に親切です。
ある時を境に、そう感じることが多くなってきました。
ファミコン時代のドラクエ3にそんな親切な設計はありえませんでした。
たとえば、ボス戦直前に回復ポイントが
丁寧に用意されている。
当時はダンジョンの奥深くで、いかにMP(リソース)を残したままボスに辿り着くか、その徹底した管理こそが攻略のカギでした。
そして何より、最大の「理不尽」は、あの忌まわしき呪いの音と共に訪れる「ぼうけんのしょ」の消失。
全てが消えてしまうかもしれないという緊張感、そして実際に消えた時の絶望。

しかし、その理不尽さを乗り越えて進むからこそ、世界を救う旅には本物の重みが宿っていたのだと、今では思えます。
過保護なガイドがないからこそ、自ら考え、必死に抗うエネルギーが生まれていたと思えます。
結び
ドラクエ3のサブタイトル「そして伝説へ」
大魔王を討ち倒し、凱旋する勇者たち。
鳴り響くファンファーレ、町を埋め尽くす人々、華やかなパレード。
しかし、祝宴の喧騒が遠のいた後に待っていたのは、あまりにも静かでした。
勇者はもう、故郷へ戻ることはできない。
役割を果たし終えた勇者は、称号と伝説だけを遺して、人々の前から静かに姿を消しました。
「そして でんせつが はじまった!」
振り返ればあの時ルイーダの酒場で選んだ仲間との「役割」の尊さも、乏しい情報から真実を導き出そうとした「探求」の熱量も、そして理不尽な壁にぶつかってもなお立ち上がった「力強さ」も、すべては今のわたし達が生きていくための「作法」を教えてくれていたのかもしれません。
現代のゲームは親切になり、ネットを開けばすべての正解が手に入ります。
さらに時代は進み、今やAIに聞けば探す手間さえ省く事ができます。
しかし、あえて「不自由さ」を楽しみ、自分だけの「想像力」を武器に、役割を果たしながら未知を探求していく。
そんなドラクエ精神は、今こそ必要なのかもしれません。
