[雇用形態] 日本独特の「無期フルタイム社員」って何?
6月1日の朝日新聞東京本社版,朝刊一面、『無期雇用も 同一労働同一賃金』の記事に目が止まりました。
記事は、テレビ岩手のグループ会社に勤務する「無期フルタイム社員」の 50代女性が、「正社員」と同じ業務なのに、基本給や各種手当が同一ではないと、差額の損害賠償を求め訴えを出していた。会社が決めた区分を理由に不合理な待遇差別をもうけることは「同一労働同一賃金」に反する ー そんな仙台高裁の判決が最高裁で確定した。との内容です。
はじめに
この記事を見て、初め見出しの意味がわかりませんでした。「無期雇用」とは何だろう?
記事を読んでいくと、日本の企業には、同じ「フルタイム社員」なのに、「正社員」の他に「無期フルタイム社員」という身分があることがわかりました。なぜ、日本には海外にはない、「無期フルタイム社員」が存在するのか。その理由を調べてみました。
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1.日本独特のフルタイム社員の雇用形態
Q1:最近、最高裁で、画期的な判決が出ました。
非正規雇用ではない、「社員」なのに「正社員」より給与や各種手当が低い「無期フルタイム社員」が、正社員との差額の損害賠償を求めていた裁判で、最高裁が「同一賃金、同一労働」とした、高裁の判決を確定しました。
オーストラリアと違い、日本では、非正規雇用と正規雇用 (正社員) の賃金や待遇の格差が大きいことが社会問題化しています。
この記事を見て、日本の多くの企業に、「社員」の中にも、「正社員」と「無期フルタイム社員」が存在することがわかり、驚きました。
A1: そのニュース、非常に大きな注目を集めましたね。おっしゃる通り、日本の労働市場における「雇用形態の複雑さ」と「待遇格差」の根深さを改めて浮き彫りにした、まさに画期的な司法判断です。
日本の労働法や企業の実務では、「正社員(有期契約から転換した無期フルタイム社員を含む)」と「非正規社員(有期契約、パートなど)」という二分法で語られることが多かったため、同じ「無期雇用のフルタイム労働者」の間でここまでの格差が存在し、それが裁判で争われていた事実に驚かれるのは当然のことだと思います。
この判決の背景と、日本の労働環境が抱える構造的な問題について、いくつか重要なポイントを整理してみます。
1-1. 同じ「無期フルタイム社員」なのに格差があるという盲点
多くの人が「無期雇用でフルタイム=正社員」と思いがちですが、日本企業の中には以下のような区分を設けているケースが少なくありません。
区分1:「正社員」: (転勤がある、役割や責任の範囲が限定されていない、長期的なキャリア形成を前提としている)
区分2:「無期職種限定社員・無期地域限定社員」:(転勤がない、業務内容が特定のものに固定されている、フルタイムだが正社員とは別個の給与体系)今回の裁判で焦点となったのは、職務内容や責任の重さが「正社員」とほぼ変わらないにもかかわらず、「区分2」の区分(無期転換フルタイム等)であるという理由だけで、基本給や各種手当(賞与や住宅手当、家族手当など)に大きな差がつけられていた点です。
1-2. 「同一労働同一賃金」の適用範囲の拡大
日本でも「同一労働同一賃金」のルール(パートタイム・有期雇用労働法など)が整備されてきましたが、これまでは主に「有期雇用(パート・アルバイト・契約社員) vs 正規雇用(正社員)」の格差を是正することに主眼が置かれていました。
しかし、今回の最高裁の判断によって、以下の原則が強く示されたことになります。「有期から無期に転換した労働者であっても、あるいは元から無期雇用の別働態であっても、実際の仕事内容や責任、異動の範囲が正社員と同じであれば、不合理な待遇格差を設けてはならない」つまり、企業が単に「社内の名称や区分(組合員資格の有無など)」を変えただけで、実質的な労働の価値を無視して賃金に差をつける手法に対して、司法が明確に「NO」を突きつけた形です。
1-3. オーストラリアなどの諸外国との構造的な違い
ご指摘の通り、オーストラリアをはじめとする欧米諸国では、職務(ジョブ)そのものに対して賃金が決まる「職務給」がベースにあります。そのため、フルタイムかパートタイムか、あるいは有期か無期かといった「雇用形態のシールド」によって、同じ仕事の時給が劇的に変わることは原則としてありません。むしろ、雇用保障がない非正規雇用のほうが、そのリスク補償として時給が上乗せされる仕組みすらあります。
一方で日本は、依然として「人」に紐づく「職能給」や「メンバーシップ型雇用」の文化が根強く残っています。「正社員は将来の幹部候補社員として何でもやる(だから手当も厚い)」「無期限定社員は決まった仕事だけをやる(だから給与は低くてよい)」という企業の理屈が、実際の現場での「同一労働」という実態と乖離してしまっているのが、日本の格差問題の本質です。
今回の最高裁判決の確定は、形式的な雇用区分の裏に隠されていた「実質的な格差」を是正するための強力な一歩となります。今後、日本の多くの企業は、単に有期・無期の違いだけでなく、社内のすべての「フルタイム労働者」の職務内容と待遇の整合性を、より厳格に見直さざるを得なくなるでしょう。
2.企業に一生忠誠を誓う日本の「正社員」
Q2: 日本企業の多くの正社員は、幹部候補社員として、「会社の都合による転勤も職務変更も、残業もすべて受け入れる『無制限の義務』を負っています。ところが、労働関連法は、「嘱託社員」や「無期雇用社員」を想定していないということですね?
A2: まさにその通りです。核心を突かれています。
日本の労働関連法は、長年「正社員(無期・フルタイム)」と「非正規(有期・パート)」の二者択一を前提に作られてきました。そのため、「正社員と同じ時間働くのに、正社員ではない無期雇用(フルタイム)」という存在を、法律がはっきりと想定・カバーしきれていなかったのが実態です。
この法律の「隙間」がどうして生まれてしまったのか、分かりやすく整理してみます。
2-1.「無期雇用社員」という、法律が自ら生み出した盲点
さらに歪みを大きくしたのが、2013年に導入された「5年働いたら無期になれる」というルール(無期転換ルール/労働契約法18条)です。
国としては、「雇い止めの不安をなくしてあげよう」という善意で法律を作りました。しかし、法律には重大な「想定漏れ」がありました。それは、「無期に転換した後の『給与や手当の金額』をどうするか」について、法律に具体的な縛りを書かなかったことです。企業側はこれを見て、「クビにしない(無期にする)という法律の義務は果たす。でも、給与や手当は正社員の規則ではなく、低い嘱託時代の規則をそのまま適用し続けよう。名前は『無期社員』だ」という、新しい中間管理職ならぬ「中間身分」を作り出しました。
2-2.「同一労働同一賃金」の網の目からも漏れていた
日本で大々的に導入された「同一労働同一賃金」の法律(パートタイム・有期雇用労働法)ですが、この法律が守る対象は、条文上、以下の2つだけと明記されています。
・パートタイム労働者(時間が短い人)
・有期雇用労働者(期間の定めがある人)
ここで、今回の「無期フルタイム社員」の立場を見てみましょう。
フルタイムだから、時間は短くない(パートではない)
無期転換したから、期間の定めもない(有期ではない)
つまり、「時間は正社員と同じ、雇用期間も正社員と同じ。なのに正社員より給与が低い人」は、せっかくできた同一労働同一賃金の法律の対象から、すっぽり抜け落ちてしまっていたのです。

2-3. だからこそ、今回の「最高裁の確定」が歴史的
法律が想定していなかったからこそ、会社側は裁判で「法律の対象外なのだから、いくら格差があっても違法ではない」と堂々と主張しました。
それに対して、今回の司法(高裁・最高裁)は、「法律の条文に書いていなくても、目の前の仕事や責任が同じなのに、雇用区分が違うというだけで住宅手当や家族手当を全額カットするようなやり方は、民法の基本原則(公序良俗)に照らして絶対に許されない」と踏み込みました。法律の想定漏れ(バグ)を、司法が「常識と正義」の力で力技で修正した形です。
日本の労働法が「正社員の無制限の義務」を免罪符にして企業を甘やかし、嘱託や無期社員を想定外として放置してきた時代は、この判決によって完全に終わったと言えます。
3.社内の身分で給与や待遇が決まる日本企業
Q3: 日本企業には「仕事の内容」ではなく、「正社員」「嘱託社員」「無期社員」という社内の身分(雇用区分)に対して給与・待遇が決まるのですね?
A3: そこが完全に腑に落ちると、日本の労働ニュースや、ご自身が経験された「新卒の嘱託期間が退職金に入らない不条理」のメカニズムがすべて一本の線でつながりますよね。
まさに「仕事(Job)」に対して対価が支払われるのではなく、「社内の身分(Status)」に対して対価が支払われているのが、日本型雇用の本質なのです。
企業側はこれまで、「正社員という身分には、いざという時の転勤や配置転換の『無制限の義務』がセットになっている。だから基本給も高くするし、賞与も退職金も、家賃手当も出すのだ」というロジックで身分制度を正当化してきました。逆に言えば、その義務を背負っていない(と会社が定義した)嘱託社員や無期社員は、どれだけ現場で正社員と同じ仕事をしていようが、自動的に「低い身分の給与体系」に組み込まれてしまっていたわけです。
4.日本独特の「企業内組合」が給与格差を生んでいる
Q4: 日本企業の「身分によって給与体系が決まる」が現在も機能しているのは、日本独特の労働組合形態が影響していますか?
A4:おっしゃる通り、日本独特の「身分による給与体系」がここまで長生きし、現在も機能し続けている背景には、日本独特の労働組合のあり方が極めて大きく影響しています。
ここが欧米やオーストラリアの労働組合との決定的な違いであり、日本の労働運動が抱える最大の「ねじれ」でもあります。
なぜ労働組合がこの身分制度の維持に加担する結果になってしまっているのか、3つのポイントで解説します。
4-1. 「企業内組合」という日本独特の組織形態
オーストラリアや欧米の労働組合は、主に「職種別」や「産業別」で組織されています(例:看護師組合、自動車工組合など)。そのため、彼らは「どの会社で働いているか」に関係なく、「その仕事(職種)全体の賃金や価値」を守るために戦います。
一方で、日本の労働組合のほとんどは「企業内組合」です。 これは「〇〇株式会社の社員だけで作る組合」という形態です。組合の最大の目的は、会社の経営を破綻させない範囲で「自社の『正社員』の雇用と高い待遇を守ること」になります。
4-2. 非正規や無期社員を「防波堤」にしてきた歴史
バブル崩壊以降、日本企業は激しい国際競争や不況に直面しました。その際、企業内組合は会社側と以下のような「暗黙のトレードオフ(取引)」をしてきました。
・会社側: 「正社員の終身雇用と年功序列(高い給与や退職金)を維持してあげる。その代わり、景気が悪くなった時にクビを切ったり、低賃金で調整したりできる『非正規(嘱託・契約社員など)』を一定数入れることを認めてくれ」
・組合側: 「わかりました。自分たち(生え抜き正社員)の聖域を守るためなら、それ以外の身分の人たちの待遇が低くても目を瞑りましょう」
つまり、日本の多くの正社員組合にとって、嘱託社員や無期社員、パートといった「別身分」の人たちは、自分たちの雇用と高待遇を守るための「防波堤(調整弁)」として機能してきた歴史があるのです。
4-3. 「組合員」になれない壁
そもそも、日本の多くの企業内組合では、規約によって「組合員になれるのは正社員だけ」と定めているケースが非常に多くあります。
今回の最高裁の裁判でもまさにここが争点の一つでした。 会社側は「正社員は労働組合員としての資格があり、組合が会社と交渉して勝ち取った給与体系(手当など)が適用される。一方で、無期社員は組合員ではないのだから、その手当が適用されなくて当然だ」と主張したのです。
しかし、司法はこれを「組合員かどうかという形式的な違いだけで、実態の仕事が同じなのに手当に差をつけるのは不合理だ」と一蹴しました。労働者を守るはずの労働組合の枠組みが、皮肉にも「格差を正当化する言い訳」として会社側に使われていたのです。
4-4. 変化の兆しと、これからの課題
もちろん、近年では「これではいけない」と、パートや無期社員も同じ労働組合に巻き込もうとする「ユニオンショップ制の拡大」や、非正規だけの労働組合(コミュニティ・ユニオンなど)が外部から会社に交渉を迫る動きも増えています。
しかし、根底にある「生え抜きの正社員を最優先で守る」という企業内組合のDNAは根強く残っています。
5. 筆者まとめ
現在も、「雇用期間は正社員と同じ(無期)なのに、給与や手当は非正規のまま」という、法律の網の目をすり抜けた「格差」が、経営と組合の「共同作業」によって生み出されています。
今回の最高裁判決は、欧米豪にはない、日本独自の「身分型」雇用システムや企業内労働組合など、日本の構造的な労働事情を浮き彫りにしました。
[本記事の関連・管轄行政府]
・厚生労働省(労働基準局・雇用環境・均等局): 「パートタイム・有期雇用労働法」「労働契約法(5年ルール)」「同一労働同一賃金」を管轄
・内閣官房(新しい資本主義実現本部): 「少子化対策」「構造的な賃上げ」「ジョブ型雇用への移行推進」を管轄
・各都道府県労働局(および 労働基準監督署): 「不合理な待遇格差の是正」を管轄
