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【明治文豪、令和を歩く】第4回:お気楽に推し活

現代の東京、とある落ち着いた喫茶店の奥まった席にて。路地裏の静けさを好む二人の文豪が、湯気の立つカップを前に向かい合っている。

夏目漱石                                                                                                                    

さて、荷風君。さっきのクリスマスの話のついでだが、最近の若者の言葉で「推し活」というのを耳にしたことがあるかね? 最初、私は誰かを物理的に押しているのかと思ったよ。満員電車で他人を押し退けるあの無礼な振る舞いのことかとね。ところがどうやら違うらしい。特定の人物やキャラクターを熱烈に応援することを指すそうじゃないか。

                                                                                                                   永井荷風

ええ、知っていますとも。僕も浅草あたりを歩いていると、鞄に缶バッジをびっしりとつけたお嬢さん方とすれ違いますからね。あれはまさに現代の「贔屓(ひいき)」ですな。江戸の昔で言えば、役者の紋所をあしらった手ぬぐいを持ったり、錦絵を買い集めたりした連中と根は同じですよ。ただ、現代のそれは少々、組織的で、かつ商業的な匂いが強烈ですがね。

「贔屓」か。なるほど、そう言われると少しは腑に落ちる。しかし君、その熱量の凄まじさはどうだ。対象のために給料の全てを注ぎ込んだり、彼らの誕生日をあたかも自分の親の祝い事以上に盛大に祝ったりする。
私は『こころ(※)』の中で「人間は愛を得るためには、手段を選ばない」と書いたが、彼らのそれは「愛」なのか、それとも「執着」なのか。あるいは、対象を崇めることで自分自身の空虚を埋めようとする、一種の宗教的儀式のようなものなのかね。

(※)初出1914[大正3年]朝日新聞

先生、そこまで難しく考える必要はありませんよ。僕はね、以前「熱情さえあれば人間は一生涯青春でいられる」と言ったことがあります。対象がアイドルであれ、二次元の絵画であれ、何かに夢中になって血をたぎらせている間は、人は老いないのです。
それに、文芸もまた「虚偽と遊戯」でしょう? アイドルという虚像、あるいは作り上げられた物語を、さも真実であるかのように信じ込み、その遊戯に没入する。これはある意味、非常に文学的な営みと言えなくもない。彼らは現代という殺伐とした砂漠で、必死に「夢」というオアシスを掘り当てようとしているのですよ。

君は相変わらず、享楽的な側面に対しては寛容だなあ。文学的営み、とは大きく出たものだ。
しかし、私が気になるのは「自己」の喪失だ。彼らは「推し」の成功を自分の成功のように喜び、批判されれば自分が傷つけられたように怒る。現代人は、他人よりも自分の方が優れていると思いたい、優越を感じたいという欲望が強いと君もかつて書いていたろう? 「推し」を応援することで、その輝きを借りて、自分の輪郭を保っているように見えてならんのだよ。それは危ういことではないかね?

鋭いですね。確かに『濹東綺譚(※)』の頃、僕は現代人の「優越を争う心」について嘆きました。電車で席を奪い合うあの浅ましさと同じ根っこが、推し活の中にある「私が一番のファンだ」という競争心に見え隠れすることもあるでしょう。
ですが先生、人間なんてものは、所詮一人では生きられない弱虫です。僕のように、秋の日に古本を虫干しして、そのページをめくることだけに無上の喜びを見出すような孤独な楽しみ方は、今の若者には少々ハードルが高いのかもしれません。彼らは誰かと繋がり、熱狂を共有したいのです。たとえそれが、商業主義に踊らされた一時の熱病であったとしてもね。

(※)初出1937[昭和12年]東京朝日新聞

ふむ……古本の虫干しか。あれはいいものだ。静かで、埃っぽくて、過去の時間と対話できる。
まあ、君の言う通り、私が神経衰弱になるほど考え込んだ「自己」の問題を、彼らは「推し」という他者に委ねることで解消しているのかもしれん。それが現代における処世術だと言うのなら、明治の頑固親父が口を挟むことでもないか。
ただ、「好きこそ物の上手なれ」と言うが、あまりにのめり込みすぎて、自分の生活や精神を破綻させないようにだけは願いたいものだね。佐野次郎左衛門のような悲劇は、芝居の中だけで十分だよ。

おやおや、先生も意外と心配性だ。まあ、文芸の道も色道も、そして推し活も、のめり込みすぎて自分を見失うようでは「下手の横好き」です。
少し離れたところから、対象の美しさを愛でる。そして、その熱狂が終わった後の寂寥感まで含めて楽しむ。それくらいの「粋」な心持ちがあれば、この現代の推し活という文化も、悪くない浮世の絵巻物に見えてくるじゃありませんか。

君にかかれば、ペンライトの光も浮世の灯火か。やれやれ。
じゃあ、私は私の「推し」であるところの、この美味しいジャムパンでも推すとしようか。これもまた、胃弱の私には命がけの「推し活」だからね。

ハハハ、それは一番、たちが悪い。くれぐれもお大事になさいませ、先生。

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