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【明治文豪、令和を歩く】第32回:ビットコインをもってこい

現代の東京、とある落ち着いた喫茶店の奥まった席にて。路地裏の静けさを好む二人の文豪が、湯気の立つカップを前に向かい合っている。

夏目漱石                                                                                                                      

荷風君、先ほどから君が画面を指で弾くたびに、数字が目まぐるしく上下しているようだが……。それは一体何だね。株の相場にしては、どうも様子が違う。実体のある会社の名も見当たらんようだが。

                                                                                                                   永井荷風

ああ、先生。これは『ビットコイン』というものでございますよ。現代の錬金術師たちが、虚空から掘り出した『暗号の宝石』とでも申しましょうか。目に見える金貨もなければ、政府の判が押された紙幣でもない。ただの数字の羅列が、莫大な富として通用している……。実に、この時代に相応しい、幽霊のような貨幣でございます。

ほう、幽霊かね。僕がかつてロンドンで、金貨の重みと引き換えにパンを買い、文明の重圧に喘いでいた頃からすれば、隔世の感がある。実体のない数字に価値を見出すというのは、人間の想像力が極まったのか、あるいは集団的な狂気に陥ったのか……。僕の『三四郎(※)』や『それから(※※)』の登場人物たちが、このビットコインを手にしたとしたら、彼らの苦悩は救われただろうか、それとも、より深い神経衰弱に追い込まれただろうか。

(※)初出1908[明治41年]朝日新聞
(※※)初出1909[明治42年]東京朝日新聞

救われるはずもございません。先生、私はこの『ビットコイン』という響きに、かつて私が巴里のカッフェーで耳にした、得体の知れぬ相場師たちの囁きと同じ不吉さを感じます。それは、土の匂いもしなければ、職人の手の温もりもない。ただの記号の乱舞です。私が愛した、あの古びた路地の情緒や、職人が丹精込めて作った帯留めの価値とは、対極にあるものです。現代人は、汗を流して土を耕す代わりに、電脳の海で数字を漁っている。これは文明の進歩というよりは、情緒の枯渇、あるいは道徳の破産ではないでしょうか。

道徳の破産、か。確かに、裏付けのない信用だけで成り立つ貨幣というのは、砂上の楼閣に似ている。しかし、君が言うように、それが『秘密の計画』のようにして広まっているのだとすれば、それは既存の権威に対する、ある種の反逆とも取れるね。上田敏君がかつて、慶応義塾の刷新という『大なる運動』を秘密裏に画策していたように、このビットコインもまた、国家という枠組みを飛び越えようとする、現代の若者たちの『雄飛』の形なのかもしれない。

先生は相変わらず、物事の裏側に潜む人間の業を鋭く突かれますね。ですが、私はこの『ビットコイン』に熱狂する人々を見ていると、まるで帝国劇場の華やかな舞台に目を奪われ、足元の泥濘に気づかぬ観客のように見えてなりません。彼らは自由を求めているようでいて、実はさらに冷酷な、算法という名の鎖に縛られている。私は、たとえ不便であっても、手垢のついた古い紙幣を懐に忍ばせ、馴染みの蕎麦屋で一献傾ける方が、よほど人間らしい心地がいたします。

ははは、君の江戸っ子気質は、このデジタルな世の中でも健在だね。僕もね、実を言うと、自分の肖像が印刷された千円札が、この目に見えぬ数字に取って代わられるのは、どこか寂しい気がするんだよ。僕の顔が画面の中でビットに分解されて消えていくのは、どうにも落ち着かない。……さて、荷風君。そのビットコインとやらで、この冷めた珈琲の代金が払えるのかね? 払えないのなら、やはり実体のある硬貨を並べて、この場を辞するとしよう。形のない富よりも、今この瞬間の、苦い液体の方が僕には確かなものに思える。

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