内川に風が吹くか Mリーグの風は多層的な構造を成している
内川の登場シーン。
吹っ切れた表情を見て、もしオーディションで仮に負けたとしても指名で一年限定でもいいので風林は内川へチャンスを上げるべきではないか、そんな気がしてきた。(内川のファンでもなんでもなかったが 個人的には是非 指名してほしいと思わせてくれたシーンだった)
風林のオーディションにおいて、仮説モデルを通して考えてみると風は内川、そして魚谷へ吹く可能性を示唆している。特に内川には風が吹く条件が整っている。
ちょうど野球で例えると、内川がフェンスギリギリの打球を打った時、フォロー4~5mくらいの風が吹ている感じでスタンドインさせるくらいの影響力はある雰囲気。フェンスギリギリまで飛ばすのは本人の実力だという塩梅で見るのが良いのではないかとは思う。
さてところでほとんどの人は知らないとは思うが、実はMリーグの風は多層的になっており、3層構造になっているのだ。今回は風の多層性について言及してゆく。
ドリブンズの太が巻きこまれた風と岡田の暴言事件が巻き起こした風、そしてビーストやドリブンズのようにチーム内で連鎖反応を起こす風では実は種類が微妙に違うのだ。たぶん風note4まで読んでくれた方にはおよそ想像はつくとは思うが、ここは構造的にきっちり言語化をしておきたい。
例えば、沢崎がMVP争いからの病気離脱、最後はサクラナイツが優勝を劇的に飾ったわけだが、これにも風は吹いていたと見るのが当noteの仮説モデルである。
風の3部作が「風の実在を示し、風の正体を見破り、風はどこからやってくるのかを明らかにした」のに対して、4部ではこれらをまとめて構造化して捉えて、仮説モデルとして提出、科学の領域へMリーグの風を押し込む明確な第一歩であるとは思っている。
風にもし興味があれば是非、風note1だけでも読んでほしい。(風note4からいきなり読んでもそこに至るまでのプロセスが省かれているためにそれほど意味はない。)
さて先のnoteでも少し取り上げた三大要素であるが、
ヴィトゲンシュタインの哲学、スピッツの詩、そして数学。
今回はゲーデルの不完全性定理について少しだけ触れてみたい。(小難しいことはすっ飛ばしています。)この話を通してMリーグの風を考えるとデジタル派が「期待値という檻」の中で囚われの身であることが実によくわかるのだ。
ゲーデルの不完全性定理の話は比喩として「嘘つきのパラドクス」として語られることが多い。そして「嘘つきのパラドクス」を援用するとデジタル派も「期待値という檻」の中で囚われる「デジタルのパラドクス」とも言うべき現象が現れるようになっているのだ。
この「デジタルのパラドクス」が理解できない人が,、如何にデジタル派には多いか。こうした認識の限界をゲーデルは教えてくれるのである。
期待値采配のnoteで言っていることもいわば、「デジタルのパラドクス」に他ならない、
デジタル島の住人である人は 数値化された何かでもって論理的に「デジタルのパラドクス」も ひも解けると勘違いされる方も中にはいるようだ。しかし実はゲーデルの不完全性定理でも明らかなように、同じ位相の中でこのパラドクスをひも解くことはできないようになっているのである。
「もっと論理的に説明してくれるかと思った」と先のnoteに批判を頂いたのだが
「デジタルのパラドクス」をデジタル的なアプローチでひも解こうとする人は、再三、ファイナルの初日直後から当noteでは提言してきたような「太をシャットダウンさせるべき可能性について」こうした判断には絶対に届かないように認識の構造上、なっていることだけは結論として言っておきたいと思う。
「Mリーグの風は多層的になっており、3層構造になっている」
とりあえず、ここまで風noteの認識は進化してきました。「デジタルのパラドクス」とは何かについて話もしていきます。
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テーマ風note1 風は実在する
テーマ風note2 風の正体を言語化する
テーマ風note3 風はどこから創発されるのか、構造として捉える
テーマ風note4 Mリーグの風がどう創発されるのか、仮説モデルを構築
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