【文章の話】ライターズハイになる、方法について。【シリーズ3/4】
はじめに
「ライターズハイ」についての本シリーズも、今回で3回目です:
第1回:ライターズハイとは何か(定義と例)
第2回:ライターズハイの重要性
第3回(今回):ライターズハイになる方法
第4回:ライターズハイを捉える哲学(おまけ)
前回は、ライターズハイがなぜ重要なのか、お伝えしました(↓)
簡単に要約すると。
ライターズハイになると(つまり文章が自走すると)、書き手と読み手の両方が、はじめは思ってもいなかった地平へと連れていかれる。
このように人は文章を通して新たな世界へ導かれ、喜びや驚きの感情を体験するのです。
これを受けて今回は、ライターズハイになるための方法を考えます。
簡単に自己紹介します。私はこんな人(↓)

では本文にどうぞ。

4. ライターズハイになるための方法:先行例の検討

『いますぐ書け、の文章法』(堀井 憲一郎著、2011年)においては、次のように言われています(↓)
どこへ到達するのか、という意識と同時に、もうひとつ常に持ち続けているのは、書いているあいだ中ずっと「そこにいる読み手」を意識しつづけていることですね。
すなわち。
ライターズハイになるには、「どこへ到達するのか」という”目的意識”と、「誰に向けて書くのか」という”読者の意識”が必要だと言われています。
しかしながら。
こうした目的や読者の意識は、どうも私の実感からすると、本質を捉えたことのように思えません。
私の実感では、文章が波に乗るときというのは、ただ全身全霊で書くことを楽しんでいる状態のように思えます。私はただ、自分が面白いと思えることを、その身に任せて、書くのです。
では、どうすればライターズハイになれるのか。
私の直感は、没入することが鍵だと告げています。
そこで次章では、フロー体験と関連づけて、考えてみます。
5. ライターズハイになるための方法:フロー体験との関連づけ

フロー(flow)とは、「ある活動に完全に没頭し、時間を忘れて集中している心理状態」のことです。アメリカの心理学者・チクセントミハイが、1975年に提唱したとされています。
ライターズハイとの関連性を確かめるために、3つほど、フローの特徴を取り出して考えます。
5-1感情面での近さ:高揚感
フローのときに感じる一番の感情は、「高揚感」だと思います。
例えば面白い漫画を読んでいると、「うおおお早く先が読みてええ」という昂ぶった感情になります。フローとはこういうものであり、その特徴は、「高揚感」にあるのです。
文章が波に乗ってきたときの感情は、これに近いと思います。「アイデアが!湯水のごとく!!湧いてくる!!!」というように、書き手自身が喜びや驚きの感情を感じるのです。
5-2取り憑かれたかのような高い集中力
フローの特徴として、「疲れを感じずに極めて高い集中が続く」ということがあります。
先ほどの漫画の例でいえば、「あ~面白かった。え!?もうこんな時間!?」のように、時間意識が希薄になることが、よくあります。自然と夢中になって没入する感覚です。
ライターズハイも、やはりこれに近い感覚です。「書き留められないほどの凄まじい早さで文章が湧き出してくる」ような感覚。ある種の「トランス状態」のようになり、狂気をその身に宿すのです。
5-3没入することによる、自己意識の拡張
最も重要なのは、最後のこれです。
フローの特徴として、「自己が場と一体になり、場から生成するようになる感覚」があります。つまり、「私がやるのではなく、私を通して行為そのものが自己展開していくような感覚」です。自己意識の喪失や、無我の境地といわれる状態。
これはまさしく、文章の自走性そのものではないでしょうか。
その感覚の証言として、一つ引用します。
わたしではないものの力をもらって、書くしかない。
待ってるしかない。まるでシャーマンのようだ。
5-1であげた「高揚感」が生じる背景には、「私が私を超えたものから突き動かされるようにして書くこと」があるはずなのです。
だからこそ、「私が書いたものでありながら私自身驚く」という矛盾めいたことが、成り立つのです。
・・・
以上のことから、ライターズハイとは、文章を書く際に体験できるフローだといえそうです。
次章ではこの発見を踏まえて、ライターズハイになるための方法について、結論を出します。
6. ライターズハイになるための方法:結論
どうすればライターズハイになることができるか。要点は、2つです。
6-1「準備」がいるということ

ライターズハイは没入が鍵であると、何度もお伝えしてきました。
しかしながら、楽しむだけでなく生み出すためには、ただ没入するだけでは不十分です。
文章を湧き出させるためには、関連する情報を自分の中に蓄えておく必要があります。つまり、行為それ自体が自ずから展開していけるように、あらかじめ己を耕しておくのです。
それに加えて。蓄えておいたものを、意識せずとも取り出せるくらいに、習熟する必要があります。十分身についていてはじめて、湧き出すのです。
これが、ライターズハイに必要な「準備」です。
ここで面白いのは。蓄えていたものは、意識上で保持していなくてもよい、という点です。というよりむしろ、自分の内側に沈んでいて人格の一部と化していたものが、文章を書くという現在の行為に触発され蘇るのです。
『いますぐ書け、の文章法』でも、同様のことが言われていました(↓)
意識の表面にあがってきていないもの、つまり、ちょっと忘れていた記憶くらいのものですね。でも、日常では何かによって忘れ去られている部分、そこを浮かび上がらせようと、いろいろ試している、ということだ。
このように、まずは「準備」が必要なのです。
6-2書きながら見えてきたものを、徹底して「突き詰める」。

繰り返しますがフローの鍵は、「私を通して行為そのものが自己展開していくような感覚」でした。
したがって。ライターズハイになるために必要なことは、頭で事前に考えていたものを表現するのではなく、筆が乗る中で自ずから見えてきたものに徹底的に耳を傾けることです。
別の言い方をすれば、頭で書くのではなくて、身体で書く。それは、書くという行為を通して微かに顕れてくる可能性をじっくりと見詰め、それが花開くまで「突き詰める」ことなのです。
そうして徹底して「突き詰める」と、あるとき突然、神が降りてきて飛躍する感覚が訪れます。私ではないものの力が宿りトランスしたかのような、昂った状態です。これがライターズハイなのです。
・・・
飛躍がいつ起きるかは、しかし、予測できません。
私達にできるのは、飛躍のために「準備」し、微かな可能性の芽を「突き詰める」だけなのです。
そうして待っていると、突然、飛躍が訪れます。
おわりに
今回はとても長くなりました。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
まとめると。あらかじめ自己を耕しておき、そのうえで、書き続けて浮かぶ微かなものを徹底的に「突き詰める」。すると私ではないものの力が宿り、文章が自走する。そういうことでした。
個人的な感覚ですが。そうした”神がかり”の時間は、夜に多い気がしています。日常生活のしがらみから解放され、ただ行為それ自体を追究できる時間。そんな時間には、身体で書ける感覚がします。
さて。
ライターズハイのシリーズも、次回で最後です。最後はおまけとして、これまでの解釈の土台にあった哲学や芸術論を紹介して、締めくくります。
それでは次回もお会いできれば幸いです。
ごきげんよう~よいお年を!

(追記:最後のページ、できました。)
